「……そういうことにしておくね」

 これ以上私が聞けば、いずれ袴田くんの耳に入ってくる。
 他校との喧嘩は、私たちが入学する何年も前からずっと続いているのだ。おそらく岸谷くんや袴田くんも先輩に習って参戦していたのかもしれない。だからこそ、すでに故人である袴田くんに聞かせる訳にはいかない。下手したら、私の身体を乗っ取って相手に殴りこむ可能性もある。
 そもそも学校側が早期解決していればこんなことにもならなかったと思うが、学校は見て見ぬふりをして放置している。最近の大人は若い子が恐ろしいのだろうか。

「……今の、なに?」
「へ?」

 ふと、足元で気の抜けた声が聞こえた。目を向けると、呆然とした顔で固まって座り込んでいる佐野さんが私を見て、金魚のように口をパクパクと動かしていた。突然人が変わったように――実際入れ替わってるんだけど――喧嘩を吹っ掛けた私を見て動揺しているのかもしれない。
 しかし、佐野さんは立ち上がって私の腕を掴むと、先程の表情とは打って変わって目を輝かせた。

「アンタすごいじゃん! 今何したの? さっきの男子の攻撃を全部避けてたよね? 映画みたいでびっくりした! ちょー強いじゃん!」
「えっと……」
「こんな間近でアクション映画みたいなのが観れるなんて最高っ! えっとー……アンタの名前、なんだっけ?」

 掴んだ腕をブンブンを大きく振って距離を縮めてくる。普通の人なら、あんな場面を見たら避けていくだろう。喧嘩の様子をアクション映画と例えるなんて、なんてお気楽な思考なんだろうと思いつつ、私は動揺して言葉を詰まらせた。こんなに距離感がおかしい人は初めてだ。
 ふと横目で岸谷くんの方を見れば、なぜか満足そうな笑みを浮かべている。その表情から察するに、彼はこう言いたいのかもしれない。「友達ができてよかったな」と。
 余計なお世話だ!