彼らの動きが鈍くなってきて、怒涛のように繰り広げられた罵倒の声を、ある人物の一喝で静められた。そこには教室の入口で、呆れた顔をした岸谷くんが立っている。
 三ヵ月もしないうちに先生の信頼を取り戻して、進級と同時に風紀委員長の座に就いた彼は、袴田くん曰く「真面目クン」となって学校を味方につけることに成功した。
 そして袴田くんが居なくなった今、不良を取りまとめているのは他でもない彼だ。

「岸谷……お前もそっち側かよ」
「そっちもこっちもねぇよ。教室で騒ぎやがって、喧嘩なら外でやれ」
「はぁ!? 喧嘩売ってきたのはソイツだぞ!」
「女に喧嘩を売ってる時点で負けてんだよ。現に傘も盗んでるんだろ? ……そんなに喧嘩の続きがしてぇなら、先生にしごいてもらえ。お前、この間の補習に出てなくて新学期早々に留年が見えてるらしいぞ」

 彼の後ろで生徒指導の先生がニッコリと優しい笑みを浮かべて待ち構えている。
 これ以上暴れたら停学どころか退学も免れない。悟った彼らは両手を上げて降参すると、先生と一緒に教室から出て行った。

「……ふーん」

 岸谷くんを見て、私は無意識にニヤリと笑みを浮かべた。
 そういえば袴田くんに乗っ取られたままだった。

「やるじゃん、岸谷。かっこいいことするねぇ」
「おまっ……だよなぁ!? こんな無謀なことすんのお前くらいしかいねぇもんな!」
「そんなカリカリすんなよ、カルシウム足りてねぇの?」
「しっかり煮干し食べてんだよ!」

 いや、そうじゃなくて!

 袴田くんがまだ乗っ取っているから私の声で勝手に会話が進めてられていく。相手がまだ岸谷くんだから話を合せてくれてるけど、袴田くんの方が言葉遣いが荒いから、周りにいる生徒は不思議そうな顔をしてこちらを見てくる。視線が痛い。

「……っと。そろそろアイツが騒ぐから代わるわ。あとよろしくー」
「騒ぎの原因はお前だろーが!」

 袴田くんが私の身体から離れて普段の姿に戻ると、気持ちよさそうに伸びをしながら教室を出て行ってしまった。どうやら久々に大暴れできて満足したらしい。