袴田くんの姿は基本、私にしか見えない。本人は「俺が認めた条件をクリアした人間にしか見えない」とか言っていたけど、この時点で安藤くん達が見えていないのは、見せるに値しないと判断したからだ。
 佐野さんは突き飛ばされた右肩を押さえながら「最低……!」だと呟いて彼らを睨みつけている。
 今すぐにでも掴みかかろうとする彼女を抑えて私が立ち上がると、彼らを睨みつけている袴田くんの隣――安藤くんの真正面に立つ。

「なんだよ? 傘なんて持ってねぇよ。それともやるってか?」
「傘の柄に星のシールが貼ってあるのを知ってたよね。盗んでなかったとしても、その傘をどこかで見かけたんじゃない? だから覚えていた、とか」

 人は珍しいマークや記号を見たとき、何となく記憶に残っていることが多い。どこにでも売っているビニール傘には貼られていない、星のシールの存在を口にした時点で、彼が盗んだ可能性は極めて高いだろう。それでも間違っていることは少なからずあるものだ。だからせめて話し合いで、できる限り穏便に事なきを終えたかった。
 しかし、安藤くんは鼻で哂い、周りの男子はにやりと笑みを浮かべた。

「どうしても俺を犯人にしたいらしいな。だったら喧嘩で決めようぜ。強い方が正しい、それでいいじゃねぇか」
「え!? いや、あの、穏便に……」
「袴田の尻拭いって大変そうだよなぁ。つか、女の癖に喧嘩できんの?」
「……後釜に尻拭いって? 誰が、誰の?」
『お前が、俺の? ……くはは、随分ふざけた噂が出回っているようだな』

 彼の言葉に、袴田くんはあきらかに不機嫌そうな顔をした。自分をバカにされたことに腹を立てたのか、それとも彼らに言いたい放題されているのが癪に障るからなのか。
 どちらにせよ、これで話し合いの平和的解決という選択肢は無くなった。