昨年ごろ、後輩にカツアゲしていたことが発覚して、袴田くんにコテンパンにやられたと聞いたことがある。その後はしばらく大人しくしていたが、進級して早々に新入生を脅していたなど、噂が後を絶たない。とにかく良い噂は聞いたことがない。
 今もすごく嫌な予感がして手を下ろした矢先、彼らがまとまってこちらにやってきた。

「いきなりこっち指してきやがって、何か用かよ?」
「ヒッ! ご、ごめんなさい!」
「オイ、コイツ……二組の井浦じゃねぇか? 袴田と同じくらい強いっていう」

 グループの一人が思い出したように言う。
 そのふざけたガセネタはどこから出てきたのだろう。私の喧嘩レベルはダンゴムシ程度だ。
 安藤くんが目の前にやってきて、品定めするように私を見ると鼻で嗤った。高校三年生で一九〇センチという体格から滲み出る彼の迫力は、まるで巨人を相手にしていると錯覚しそうだ。

「――ちょっと、話があるのはこっちなんだけど」

 すると、佐野さんが私を押しのけて間に割り込んできた。二十センチ以上も身長差がある安藤くんを恐れることなく、最初に私を疑ってかかった時のように安藤くんを睨みつけた。

「私のビニール傘が盗まれたんだけど知らない? さっさと返してほしくて探してるんだけど」
「知るかよ。ビニール傘なんてどれも一緒だろ」
「アンタにとっては一緒かもしれないけど、私にとっては大切なの! 何か知ってるならさっさと教えなさいよ!」
「うっせぇな!」

 次第にヒートアップしていく二人を見て、周りにいた無関係な生徒たちがオロオロし始めた。殴り合いにまで発展したらさすがに不味い。いくら相手が女子だからって、彼らは平気で殴るだろう。
 こうなることを予想して目撃したことを教えたとしたら、袴田くんは相当ふざけている。現に彼らのすぐそばで、袴田くんは目を輝かせていた。悪趣味な奴め。
 ……それを確証もなく佐野さんに教えた私も同罪か。

「俺が盗んだ証拠がないくせに出しゃばるな! ……そうか、傘を盗んだのは井浦だろ?」
「……え?」