「……怒らないからさ、見たことがあるかだけ教えてくれない?」

 私が想像していた以上に怯えていたのか、佐野さんは顔をしかめながらも、少しだけ優しい口調で問う。怒り任せで話すような人ではないのだろう。

「……び、ビニール傘なんてどれも一緒だし、それかどうかわからないけど、昨日の帰りにチャラそうな男子が使ってた……みたいな?」
「はぁ? 顔知ってんじゃん。犯人炙り出すからちょっと来てよ」
「え、はぁ!?」
『くははっ! 井浦ドンマイ!』

 佐野さんは私の腕を掴んで教室から引きずり出すと、次々に他のクラスの教室に顔を覗かせてどいつだと聞いてくる。先程まで仏頂面で机の上に張り付いていた袴田くんは一転し、ニヤニヤと笑みを浮かべて後を着いてくる。

「ねぇ、ホントに顔見たの?」
「ぐぇっ!」

 彼女がワイシャツの襟を掴んでじっと睨みつけてくる。アイプチで貼り付けた二重の瞼に、綺麗に重ねたつけまつげがじりじりと距離を詰めてくるのは、想像以上に迫力がある。
 だからといって全く関係のない人を示して濡れ衣を着せるのは絶対違う。
 焦って困惑する私を見て、しばらく腹を抱えて笑っていた袴田くんが私の腕を取ると、ある方向を指さした。
 そこには教室の後ろで先程から騒いでいる男子生徒のグループがこちらを見ている。その中に袴田くんが見かけたという、茶髪で腰にチェーンをつけている男子――安藤くんの姿があった。