袴田くんはそう言ってケタケタと笑う。その屈託のない笑みからは、どこかスッキリしたようにも見える。それでも私は笑えなかった。
 ――笑えるはずがない。コンビニで起こった立てこもり事件で撃たれた彼女は今、ここにいない。彼は本当に復讐を実行したのだ。

『……言っとくが、お前らが何をしたって結果は変わらなかった。そんなに深く考えんなよ』

 私が考え込んでいると思ったのか、袴田くんは給水タンクから降りてくると、私の頭に手を置いて微笑んだ。今はこの笑みが恐ろしいとさえ思ってしまう。

 あの時、無理やりでも金縛りを解いて袴田くんを止めていたら、こんな結果にはならなかったかもしれない。――いや、彼の言う通り、きっと私が止めに入ったとしても、彼は変わらない。自分を殺した相手への復讐は、どんな手を使っても必ずやり遂げたはずだ。執念深く、力を持つからこそできた復讐劇を、悲劇として語るにはどろどろと醜いものになってしまった。
 彼が手をどけると同時に、いつも通りのチャイムが校内に響く。

『あれ? 授業いかねぇの?』

 袴田くんが柄にもなく首を傾げて聞いてくる。
 あの時のように、私の席に菊の花は置かれていない。もう教室には何も恐ろしいものはない。それでも、私の今の状態では授業を受けたところで何も入ってこないだろう。
 私は黙って首を横に振ると、給水タンクの裏に向かった。なんだかんだで私もその薄暗い場所が落ち着く。
 すると、早咲きで舞ってきた桜の花びらが頬をかすめた。花びらの他にも、形が崩れずに風に乗ってきた一輪の桜が地面に落ちることなく、ゆらゆらと袴田くんの方へ向かう。
 それが彼の手のひらに収まると、桜の花は一瞬で黒い塊となり、ボロボロと崩れて消えていった。

『……あーあ。散った花には何の罪もねぇのに』

 くはは、とあっけらかんとした口調で彼は自虐する。
 それに反して今にも泣きそうな顔をしていて、思わず手を伸ばそうとして止まった。

 手を伸ばしたところで、彼に何を言えばいい?
 あれだけ彼を助けたいと綺麗事を並べたのに、私は助けるどころか、命を吸い取って生きる死神にしてしまったのではないかと、後悔の念に駆られる。

 快晴の空を見上げる彼の姿がとても禍々しく見えてしまう。――それだけが心残りだった。

 第一章 隣の席の不良くん   〈了〉