「…………き」
『ん? き?』
「――きゃああああ!」

 大きな音を立てて椅子から立ち上がると、勢いで持っていたシャーペンを袴田くんに投げつけた。案の定シャーペンは彼をすり抜け、窓の下の壁に鈍い音を立ててぶつかり、床に落ちた。
 バクバクと打ち付ける心臓を抑えながら、彼を見る。
 ああ、本当に心臓に悪い! ただでさえ幽霊――亡霊か?――が自分にしか見えていないのに、あの袴田くんにフルネームで呼ばれただけでなく、一生取り憑かれるなんて考えただけでも恐ろしい!滅多に出さない叫び声も、思っていた以上に甲高くて自分が一番驚いているくらいだ。
 勢いで投げてしまったシャーペンが足元まで転がってくる。本身体に亀裂が走っており、ペン先が曲がってしまっている。これはペンチで先端を直しても動かないだろう。一人で嘆いているうちに、今まで授業に集中していた先生とクラスメイトがこちらを見て酷く驚いた顔をした。

「えーっと……井浦さん、虫でもいたのかな?」
「………え、ははい! 百合の花に寄ってきたみたいで、コバエが少々!」
「コバエ……?」
「急に集団で顔に突っ込んできたので驚いて!」
「……そ、そっか。確かにそれは先生でも驚くね。でも文房具投げつけるのは止めような、いくら無視だからって、可哀想だから」
「はい、すみませんでした……」

 腑に落ちない顔をしながらも納得してもらえたようで、先生とクラスメイトはまた板書の続きに戻り、授業が再開された。ひとまず回避できたらしいので、大きく胸を撫で下ろす。

『くははっ! 少々っておまっ、塩コショウみたいに言うなよ!』

 黙っていてほしいと思いを込めて睨みつけたが、袴田くんは足をバタバタさせて笑い転げていた。
 いったい誰のせいでこんなバレる誤魔化し方をしていると思っているのか。
 彼の笑い声が響く中も、授業は進む。私は気を取り直して机に向かった。その後はしばらくちょっかいをかけてくることはなかったけど、ふと横目で様子を伺った時に、屈託のない笑みを浮かべた彼を見て思う。今までこんな大袈裟に笑い方をしたところを見たことがあっただろうか、と。
 誰も気付かないこの状況の中、本当に彼は死んでしまったのだと、現実を叩きつけられた気がした。