「良い子だと思った。お人好しの使いやすそうな子だと。でも教室に行ってみたら、玲仁くんの隣の席だってことを知って、どうしようもないくらい腹が立ったわ。だってそうでしょう? 私の知らない玲仁くんと沢山お話できる、彼の隣の席。……私のできなかったことを全部、全部井浦さんができたことが許せなかった!」

 今まで溜め込んできた不満が弾けた吉川さんは、泣きながら喚き散らす。顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃで、自分の身を呈して被害者を減らそうとしたあの時の心優しい姿はどこにもない。
 吉川さんは制服の袖で顔を拭いながら「でも、でも」と泣きじゃくりながら続ける。

「私が玲仁くんを突き飛ばした証拠はないわ。……だって目撃者は曖昧で、証明できる人はいない。玲仁くんはもう幽霊だもの。幽霊のあなたがどうやって証明するの?」
「てめぇ……この期に及んでまだそんなこと言えんのか!」
「だってあれは事故だもの! 私はその場にいただけ。関係ないわ!」

 今にも殴りかかりそうになる岸谷くんを遮って、私は同じ目線になるように屈んだ。
 彼女はこちらを見向きもしない。ナチュラルなメイクも崩れて、鼻水まで出ている。あんなにきれいに見えた彼女が、惨めに思えてしまう。

「確かに袴田くんが死んだ原因は、本当に不運な事故だったかもしれない」
「……そうよ? 事故なの、車道に飛び出した玲仁くんが悪いのよ」
「それで満足?」

 不意に目を逸らす彼女の胸倉を掴んで、真正面に顔を向かせる。私の顔を見た途端、彼女は怯えてガタガタと震わせた。

「人はものじゃない。自分の思い通りにならないからって、誰かを死に陥れることは絶対やってはいけないこと。誰かに認められたい――その考えは否定しない。でもこんなことして辛いのは、吉川さん自身だよ!」

 自分が一番だと考えることは悪いことではない。自己満足な行動もある程度は目を瞑れる。
 それでも「死んだ人が悪い」と責任を押し付け、自分の犯した過ちを認めない、自分勝手な思い込みだけは許せなかった。