『あの事故で、信号待ちの交差点で俺のことを突き飛ばしたのはお前だろ、吉川』

 袴田くんが指さした先にいる吉川さんに、私と岸谷くんは耳を疑った。
 当の本人は顔面蒼白ながらも、震えた声で尋ねる。

「な、なにをいっているの……? 私があなたを?」
『とぼけんな。ついでに岸谷がお前に付きまとってた話をでっち上げ、井浦をフェンスから落とすように岸谷のファンに指示したのも、お前が仕組んだことも分かってんだよ』

 怯える吉川さんを追い詰めるように、彼はさらに続けた。

『どっかで見たことあるなーくらいの記憶だったけど、思い出したよ。お前、何度か喧嘩に巻き込まれてたよな。放課後によく他校の奴らに絡まれて、仲間が助けに入ろうとしたら大騒ぎになって……岸谷、お前も混じってたの覚えてるか』
「え? ……ああ、吉川は文化祭のミスコン優勝者だったし、ナンパ目的も多かったが……まさか、全部コイツが仕組んでいたとか言うつもりじゃないよな?」
「ち、ちがうわ! 何のためにそんなことをしなくちゃいけないのよ。それにあなたは私にとって恩人なのよ。突き飛ばしたりなんかできるわけない!」
『オイオイ、まだ悲劇のヒロインなんてやってたのかよ。相変わらずだな。死んでも追ってくるとか正気じゃないだろ』

 袴田くんはおどけたように言うと、吉川さんはキッと睨みつけた。
 話に付いていけない私は、思わず横にいた岸谷くんの方を見る。それを察してくれたようで、わかるように噛み砕いて教えてくれた。

「吉川は随分前から袴田にストーカーしてたんだよ。傍から見てもかなりしつこく付きまとっていたし、今までの吉川絡みの喧嘩が自作自演だったんじゃないかって。ただ、話は出ていたけど証拠がなかった。でも袴田が事故に遭ったと聞いたとき、俺は真っ先に吉川の顔が浮かんだ。ずっと前にあの交差点で袴田を待っている吉川を見たことを思い出して……その場にいた仲間の話で、同じ制服を着た奴が沢山いたなら吉川が紛れていてもおかしくはない」
「……もしかして、殴りかかった本当の理由は、事故の様子を聞き出すため?」
「まあな。ただいつまで経っても本当のことを言わないから、ついカッとなって手が出ちまった。井浦が間に入らなきゃ、普通に殴ってたな」

 今もだけど、と岸谷くんが苦い表情を浮かべながら、力を込めた拳をゆっくり見せる。
 もし袴田くんが身体を乗っ取っていなかったら、怪我だけではすまなかったかもしれないと思うと、途端に血の気が引いた。『そんな顔すんなよ』と袴田くんが宥めてくるが、そんな簡単な話では済まない。