市内に複数ある高校の中で特に喧嘩が多い高校の一つが、私が通っている(きた)(みね)高校だ。常に厳しい教師の目を掻い潜っては市街地に繰り出し、売られた喧嘩を買うスタンスの不良生徒が多い。

 その中で最前線に立ち、多くの人に慕われ畏れられた「最強の不良」の異名を持つ男がいた。目立つ金髪、隙間から覗かせる左耳の黒い二連ピアス。その特徴だけで、誰もが袴田玲仁だと関連づける。

 その人物こそ、不慮の事故で亡くなった男子生徒であり、私の隣の席に座る彼である。
 
『井浦ぁ、ちょーっとくらいこっち向いたっていいじゃん? 聞こえてんだろ?』
「…………」

 目が合ってからの数時間、私は頑なに彼を無視し続けていた。
 死んだ人間と仲良くお喋り? そんなことがあってたまるものか。
 悪い夢だと思い込むように休み時間中は机に突っ伏して寝たふりをし、授業中は黒板とノートだけを見続けていた。

 しかし、それでも袴田くんは授業でも構わず話しかけてくる。いい加減、そろそろしつこい。
 教室では先生が古文について説明している声以外、ノートに書き写す音だけが響く静かな空間が保たれていた。……にも関わらず、袴田くんはクラスメイトと談笑するくらいの声量でずっと話しかけてくる。周りのクラスメイトには聞こえていないのが本当に羨ましい。

『ん? (はら)センセーのズラ、またズレてんじゃん。そろそろ隠すのも限界じゃね?』
「…………」
『井浦、ちょっとくらい声出したって大丈夫だって。誰も聞こえてないんだし』

 全然大丈夫じゃない。
 仮に袴田くんが他の人に見えなかったとしても、傍から見れば私が誰もいない席に話しかけている構図になる。周りから完全に変人扱いされるのがわからないのか!
 今の私には、正面にある黒板か机の上の教科書やノートにしか目を向けていないため、彼が今何をしているのかを把握できない。たまに視界の端で長い足がバタバタと床を叩いているが、クラスメイトは音さえも気付いていない。

 授業が始まって三十分が経過する頃には、袴田くんの喋り声も収まって静かになった。そろそろ諦めただろうと少し横目で様子を伺うと、彼は机に頬杖を付いてこちらをじっと見ていた。
 ああ、やらかした。
 袴田くんと完全に目が合うと、嫌味なほど整った顔立ちでニヤリと笑みを浮かべた。

『やぁーっとこっち向いた。井浦楓、そんなに避けてると一生取り憑いてやるからな』