ついさっきまで彼が立っていたフェンスが、風に揺れてギシギシとしなっている。

「……相変わらず自由だなぁ」

 これは別れじゃない。何年、何十年後にまた会うための約束のようなもの。
 この先、袴田くんがどう生きて、成仏するかは彼次第。それは明日かもしれないし、何百年も先の話になってしまうかもしれない。少なくとも、そこに私が干渉することはない。
 彼は命が尽きるまでこの世界を旅し、いろんな人に出会うはずだ。きっと気になる人や危ない場面を見かけたら、お節介ながら手を差し伸べてしまうだろう。
 彼が選んだ道ならば、それも良い。
 
「あ! 井浦先輩いました!」

 校舎に繋がる扉から船瀬くんと岸谷くんが両手に屋台で売っていたものを抱えてやってきた。後ろには佐野さんと美玖ちゃんも一緒だ。

「もうっ! 楓、既読もつかないから心配した!」
「由香が騒ぎすぎなだけでしょ……って、楓?」

 美玖ちゃんが私を見て首を傾げる。荷物を給水タンクの近くに置いた岸谷くんが私の横に並んだ。

「アイツ、行ったか」
「……広い世界を、この目で見たいんだって」

 そっか、と呟いた岸谷くんは、私が見ていたフェンスの向こう側を見つめる。そして吹っ切れたように「メシ食うぞー!」と皆のもとに戻っていく。後に続くと、すぐ真横を真っ白な鳥が通り過ぎていった。慌てて顔を上げるとすでに遠くを飛行していた。見間違えだろうか、羽が金色に瞬いたように見えた。

 ――そういえば最近、ある噂を耳にした。
 「もう駄目だ、ここから消えたい」と思った人の前に、死神みたいな少年が現れるらしい。
 実際に会ったことのある人の話によれば、どん底にあった人生から救われたという。
 私はそれを聞いて、ちょっとだけ誇らしく思った。時に人は弱くて脆くて、想像している以上に呆気なく人生を終えるけど、その時点で最高な人生だと笑って終わらせるには早すぎると、彼は他の誰よりも、ほんの少しだけ知っているから。

「またね、袴田くん」

 これは死神になった少年が、これからを生きる話。
 どうか、これから彼が見る世界が素敵なもので溢れていますように。
 澄み切った空を駆け抜ける鳥は高く、遠くへ飛び立った。


【隣の席の袴田くん、死(んで)神になったらしい。】   完