「……え?」
『いいタイミングだろ? あと数ヵ月で井浦たちも卒業だし、ずっと取り憑いているわけにもいかねぇしな』
「そう、だけど……」

 その力があればいろんな場所へ行けるだろう。成仏する方法を探すなら、北峰から出て広範囲で探した方が、より多くの情報を得られるかもしれない。
 でももし、今回のように身体の維持が出来なくなって、また存在が消えかけてしまったら。
 ううん、完全に消えてしまったら。――私は、彼を思い出すことができるのだろうか。
 彼の意志を尊重すべきなのに、どうしても喉の奥で引っかかって出てこない。躊躇っているようにみえたのか、袴田くんは小さく笑って言う。

『生きている間に、ずっといろんな場所に行ってみたいと思ったんだ。家を飛び出して、県外でも海外でも、見たことのない景色が見たいってさ。こんな身体になったからこそできる。いろんなところを巡っているうちに成仏できるかもしれないし、また今回みたいに、今度こそ記憶から抜け落ちるかもしれない。それでいいじゃん』
「いいって……」
『その日が来るまで俺は、この世界の広さを自分の目で確かめたい。それって最高じゃん?』

 私は、袴田玲仁という人物を見誤っていたかもしれない。
 こんなにも寛大で、好奇心旺盛で少年みたいな彼にだって大きな夢がある。ただ小さな路地で喧嘩していた、がむしゃらにもがいていた不良じゃない。

『……それに、お前が俺の姿をほとんど見えなくなっていることくらい、わかってんだよ』
「……え?」
『気付かないわけがないだろ』
「……そっかぁ」

 袴田くんの不安定だった身体は、私に取り憑いた期間で、正常に保てるだけの力を補えた。
 その代償なのか、私は袴田くんの姿がぼんやりとしか見えなくなっていたのだ。気付いたのは事件の翌日。最初から彼の姿が見えていたのは私だけだったから誰にも言うことなく、声さえ聞こえれば場所がわかるから本人にも言わないようにしていた。
 今もぼんやりと見える。笑ったり、眉をひそめたりと表情がかろうじてわかるのだけは救いだった。

『お前は元々、幽霊が見える体質じゃない。何がきっかけでお前だけが見えたのかはわからねぇけど、見えなくなっても俺が死ぬ前に戻るだけだ』