何事もなく学校に着いて教室に入ろうと扉に手をかけると、『井浦』と後ろから呼び止められた。
 見れば袴田くんが苛立った表情で廊下の壁に寄り掛かっていた。今まで見たことのないその表情を恐れながらも、誰も見ていないことを確認して彼の隣に並ぶ。

「どうかしたの?」
『お前、もう吉川と関わるの止めろ』
「は……?」
『余計なことは聞くな。その方が身のためだ』

 いつもより低い声色と一言に、苛立ちや怒りが込められているような気がした。

「……なんで吉川さん? あの件だったらあの子は被害者でしょ」
『なんでもいいだろ。お前まで巻き込まれたら……』
「巻き込むって何? 私が関係しているなら、聞く権利あるよね?」

 周りの目がこちらに向いているが、そんなことどうでもいい。
 苛立っている彼に挑発的な口の利き方をして、反感を買うのもわかっている。

「彼女は自分が辛かったことを、誰かに同じ思いをさせないように手を差し伸べてくれたんだよ? そんな子が何をしたっていうの?」
『井浦、落ち着け』
「暴力で解決してきた袴田くんたちに、優しさで人を救ったことなんてないでしょ!」
『井浦!』