吉川さんは両目にうっすらと涙を浮かべて私に縋る。その姿を見て、この場に袴田くんを連れてこなくてよかったと思った。こんな自分勝手で謝る気がない彼女を会わせていたら、どうなっていたことか。おそらく彼が何かしでかす前に、私が先にやらかしていたかもしれない。
 彼女がいなかったら、きっと袴田くんは生きていた。学校に通って、高校最後の文化祭も一緒に友人たちときっと楽しんでただろう。車道の前で後ろから突き飛ばすことがどれだけ危ないことか、小学生でもわかる。
 私が誰を恨んでも、吉川さんが死んで許しを請おうとしても、彼は帰ってこない。
 沸々と苛立ってくるのを、ぐっと堪えて口を開いた。

「田中くんなんて、今はどうだっていい。彼は自分の罪を認めてこれから償っていく。でも吉川さん、あなたは違う。殺意がなかったとしてもあなたは人を突き飛ばした。彼は卒業式どころか、高校最後の文化祭や夏祭りにも出られずに死んだんだよ。……私は誰も許すことも、恨むこともしない。だから自分がしたことを充分理解したうえでやるべきことをして。それはきっと死んだら許されることじゃない。生きて、ちゃんと償ってよ」

 握りしめた手のひらに爪が食い込むほど、苛立ちを抑えつけて言った言葉には、彼女を責めたてる言葉が並んだ。「あなたが彼を殺した」のだと言わないだけマシだと思ってほしい。吉川さんは何度も「ごめんなさい」と謝りながら泣き崩れる。母親も涙を浮かべ、彼女が落ち着くまでずっと背中を擦っていた。
 これから先、吉川さんがどう償っていくのかは分からない。できることなら今までのことを含め、再生の道を進んでほしいと思う。
 ただそこに、私が関わることだけは避けたい。あんな思いをするのはもう二度と御免だ。