さて、きっと気になっているであろう人たちの話をしよう。
 約一年近く病院で眠っている吉川明穂は、ビー玉が割れた数時間後に目を覚ました。本人の意識もハッキリしており、検査の結果を待ってリハビリを開始する予定だ。
 しかし、記憶は混乱していて、コンビニ立てこもり事件の前日までの記憶しか残っていないという。自分が事件の人質となり、凶器で刺され一時期危なかったことも知らない。

 彼女が目を覚ました翌日、母親に呼び出されて病院に行くと、ベッドから上半身を起こした吉川さんに深く頭を下げられた。
 袴田くんが自分に振り向いてくれなかったのが悔しくて、驚かすつもりで突き飛ばすように仕向けたこと。私が中学の時に転校してきた理由を知って、田中くんから内容を聞き出し、同じ光景を再現して嫌がらせをしたことを話してくれたが、どちらも「悪戯のつもりだった」と殺意を否定した。
 ただ、屋上のフェンスが定期点検を怠っていたのは確かだけど、事前にネジを緩めていたのは、吉川さんが岸谷くんファンの先輩達を唆してやったという。嫌がらせと一言でまとめるには悪質すぎた。

「屋上で井浦さんに言われてハッとしたの。自分がしてきたことがどれだけ愚かで、最低だったか。でもあの時はどうやって謝っていいのかわからなくて悩んでいたら、コンビニで偶然居た有弘と会ったの。彼は家族絡みで仲が良いから、いろんなことを相談してた。……私は、有弘に話せたのかな。……ううん、できなかったから、バスジャックなんて起こしたのよね。でも私が死んだとしても、同じことをしていた気がするわ」

 田中くんは今、兎のお面をつけていた同級生の友人と警察の留置場にいる。
 同級生は立てこもり事件の犯人に傷つけられた、被害者家族の一人だった。犯人に恨みを抱いていたのを知った田中くんが彼を焚きつけ、今回の事件を計画したと話している。もしあの場に袴田くんや岸谷くんといった引き留める人がいなかったら、きっとバスジャックだけでは済まなかっただろう。

「井浦さん、私がしたことは到底許されないことなのはわかってる。これからも恨んでくれていい、許さなくていい。だから……私のために事件を起こした有弘だけは許してあげてほしい」