「あー! キッシー遅いっ!」

 佐野さんの声に驚いて振り返ると、岸谷くんが焦った様子でこちらにやってくるのが見えた。ここに来る途中でぶつけたのか、なぜか額が赤く腫れている。

「悪い、遅くなった」
「ちょっと……そのたんこぶ、どうしたの?」
「ああ、看板が倒れた時にちょうど真下にいて直撃したんだ。赤くなってるだけだろ?」
「直撃してたんこぶで済むと思ってんの!? 他に怪我してない? なんで平気なのよ?」

 けろっとしている岸谷くんに佐野さんが問い詰める。船瀬くんが怪我した時も、真剣に向き合って怒っていたのが懐かしい。
 そもそも彼女は幼い頃から怪我に敏感で、お節介ながらも手当をしているうちに、自然と看護の道へ進む将来を見据えていたという。だから目指しているのは看護学科のある少し偏差値の高い大学。部活を辞めて勉強に集中したのも、すべて夢のためだと、照れながらも胸を張って教えてくれた。「いろんな人に寄り添える人になりたい」という願いを持ち、誰に対しても真摯に向き合う彼女には天職だと思う。

「別にたいしたことねーよ。むしろ頭突きで元の位置に戻してやったくらいだ」

 ……まぁ、岸谷くんが船瀬くん並みに石頭で、怪我が日常茶飯事だと考えている人には、佐野さんの心配がどれほど重いものか、すぐに気付いてくれないかもしれないけど。

「氷嚢もらってくるからそこにいて! 淳太、どこにもいかないように抑えておいて!」
「わかりました! 佐野先輩!」
「いいって佐野、これくらい……ってオイ、離せ船瀬ぇ!」
「いくら岸谷先輩でも、こればかりは聞けません。じっとしていてください!」
「そうだぞ、隼人。もらっとけって。頭は不味い」

 船瀬くんに抱き着かれた岸谷くんの肩に、軽く手を置いた近江先輩が満面の笑みで宥めるように言う。目が合った瞬間、サーッと血の気が引いていくのが見えた。
 先輩の気迫に圧されたのか、船瀬くんは驚いて二人の顔を交互に見やると、そっと離れて不思議そうに首を傾げる。

「えっと……岸谷先輩のご友人の方ですか?」