私と岸谷くんは前夜祭に参加出来なかったけど、その日のうちに佐野さんが動画を送ってくれたのを見ることができた。
 いろんな生徒のアピールが行われる中、名乗りもせずアカペラで一曲歌う美玖ちゃんの斬新なアピールが一番素敵でかっこよかった。なんであの場に居られなかったのだと、岸谷くんも大きく肩を落としていたっけ。
 私が直接聞きたかったと本人に伝えると、「楓が呼び捨てができるようになったらいつでも歌ってあげる」と言われてしまった。知らぬ間に佐野さんと美玖ちゃんの二人から、名前で呼ばれるようになっていることには驚いた。別に許可が必要なものじゃないけど、ちょっとくすぐったく感じる。
 かくいう私は以前と変わらず美玖ちゃん、佐野さんのままだ。呼び捨てまでの道のりはまだ遠い。

『くははっ! お前、不良の喧嘩を止めようとする勇気はあんのに、人見知りは治らねぇのな』

 すぐ近くで聞き慣れた声がする。見れば、人混みに紛れながらも独特な笑い方をする袴田くんの姿があった。密集しているにも関わらず、よくここに潜り込んだなと感心していると、袴田くんと目が合う。

『いいだろ、幽霊が一人混じってたって誰も気付かねぇよ。もう混じってるかもしれねぇし』

 それはそうかもしれないけども。
 小さく溜息をつくと、袴田くんがまた『くはは』と笑った。