袴田くんはただ、自分の周りにいた人たちを守りたかっただけだ。
 死んだ後も成仏できず、死神のような存在になっても、偏見で悪者にされた自分を快く受け入れてくれた友人を、居場所である学校を守るために、異質な力を受け入れ、他人に使っていた。
 たとえ身体の維持が不安定になり、袴田玲仁という存在がこの世から消えたとしても、それで良いと捨て身でいた。
 そんな彼を、一体誰が守ってくれるのだろう?

「井浦……」

 困惑した声が聞こえる。袴田くんが覗き込むようにして私の顔を見る。
 眩しい金髪も、真っ直ぐな瞳も、薄っすらと残ってしまった喧嘩の傷痕も、全部私が知っている袴田くんだった。

「本当は、怖かったよ。でも……っ、袴田くんが勝手に居なくなる方が、怖かった……!」

 ボロボロと涙が零れる。あの袴田くんの前で泣くなんて最悪だと思った。
 でも彼がすぐ近くにいることが分かって気が抜けたのか、ずっとせき止めていたものが零れてしまった。こんな情けない顔なんて見せられないし、ましてや彼の顔なんて見たくない。余計なことまで口にしてしまいそうだった。勝手に人の身体使って、勝手に巻き込んで、感謝も謝罪もない奴と離れたら、清々すると思ったのに。
 すると、袴田くんの右手が私の頭に触れて自分の方にそっと引き寄せる。

「……え?」
「やっと泣いた」

 自分の胸に押し付けたまま手を離そうとはしない。むしろ力を加えて顔を上げさせないようにしている。反発しようとするとさらに力が加わった。

「お前、あの時も泣かなかったから。よかった」

 優しい声で耳元に囁かれる。
 そうだった。中学の時での嫌がらせも、屋上からフェンスと一緒に落下しそうになった時も、自分よりも大きくて狂暴な不良たちを前にしても、私は虚勢を張ってやりすごしてきた。今思えば、最後に泣いたのはいつだっけ。
 すると、袴田くんは「あーあ」と気怠そうに空を仰いだ。

「――もっと、生きたかったなぁ」

 呟くように零れた言葉とともに、雫が目の前を通り過ぎていく。震えたその声は、きっと私にしか届いていない。
 私は彼の背中に手をまわした。「いてぇ」と言われたけど、聞こえないふりをして抱きしめる。
 これから先、何年経っても忘れない。どれだけ耳をすましても心音が聴こえないことも、頬に触れた指先が冷たいことも、怖くて震えていた声も全部、私だけが知っている。
 一緒に過ごした時間が、この痛みが、彼が彼で在り続ける理由になってくれるのであれば、恨まれたって構わない。
 ずっと私を救ってくれたように、私もあなたを助けたかった。

 第五章 最後の復讐      〈了〉