視界が左右に振られ、うまく立っていられない私はそのまま前に倒れる。袴田くんにもよく効いていたようで、ふらつきながらも倒れかかってきた私を支えて、一緒になって後ろに倒れ込んだ。
 当たった場所がすでに赤くなっている額をおさえながら、脳の揺れが落ち着くのを待つ。乗り物酔いのような気持ち悪さを飲み込んで顔を上げると、若干涙目になっている袴田くんが私を睨んでいた。

「なにしやがる……お前も無事じゃねぇって忠告はしたぞ!」
「ふ、船瀬くん直伝の頭突きを味あわせようと……」
「んなモン、タカドーにぶつけた分だけで充分だっての!」
「痛かったでしょ?」
「痛ぇよ! あのな、いくら俺が死んでるからって痛みを感じないわけじゃ――」
「そうだよ。痛いものは痛いんだよ」

 彼の腕を掴んで、ゆっくりと上半身を起こす。立ったままだと高すぎた目線も、この状態ならば同じくらいになる。それでも逃げないように、私は彼の制服を掴んだまま、目を逸らさなかった。

「痛いのを全部、袴田くんが受ける必要なんてない」

 私が田中くんと対峙することは、中学の時のトラウマを克服することに等しい。全てに無反応だったわけじゃない。誰もいないところで、破かれた教科書や長時間水に浸かってゴムが緩んでしまった上履きを抱きしめて泣いた。名前ではなく「置物」と言われながらも、されてきたこと全部を無関心でいられるほど、私は強くない。
 全員が知っていても見て見ぬふりしていたことはすごく悲しかったけど、誰かに言ったら次の標的にされてしまうことの方が怖かった。自分が我慢すれば、次の標的はできない。こんな思いを誰にもさせたくないと、勝手に使命感を背負っていた。
 それとは裏腹に、誰かに助けてほしかった。どんな拳や鉄パイプよりも、言葉が怖かった。周りの人の視線が恐ろしかった。

 ――そんな時、袴田くんが私の前に現れた。

「今でも教室が怖いことがある。それでも通えているのは、今の教室に、袴田くんや皆が来てくれるから。……だから、田中くんと対峙したときも、なんとかなるって思った。自分で決めたことで、自分から首を突っ込んだの。だから袴田くんが後悔することはない。……でもそれが、袴田くんを苦しめていたとしたら、ごめん」