「……悪かった」

 沈黙のなか、先に口を開いたのは袴田くんだった。

「仕方がなかったとはいえ、勝手に井浦の身体に取り憑いた。中学のトラウマだってわかってたのに、お前を田中に引き合わせちまった」
「……私は、大丈――」
「大丈夫なわけがねぇんだよ」

 袴田くんが真っ直ぐ私を見て言う。今まで見たことのない、申し訳なさそうな顔に胸が締め付けられる。

「怖かっただろ。……怖くないわけがない。病院で田中とすれ違ったときから怯えてたのも知ってる。お前が我慢強いことだって、隣の席になる前から知ってんだよ」

 この人はいつもそうだった。
 素直になれないから遠回しに助けようとして、「もっと早く助けられていたら」と悔やむ。
 そのきっかけは私だったかもしれない。でも彼が悔やむ必要はどこにもない。頭でわかっていても、彼の正義が許せなかった。全員を救えるヒーローなりたくても自分はなれないと叩きつけられた現実に、彼は何度も立ち上がった。何度も諦めず、掴み取ったはずだった。

「中学の時、お前は助けてくれたのに俺は何も出来なかった。……これじゃあ、また同じことを繰り返しただけだ」

 袴田くんが目を伏せて謝る。いつもの彼なら在り得ない行動だと思った。こんな弱音を吐く彼は初めてで、私は不本意ながらも「らしくない」と呟いた。

「袴田くん、ちょっとごめんね」
「え……」
「額、貸してくれる?」

 返答を待たずに私は彼の制服の胸倉を掴むと、彼の顔を真っ直ぐ見据えた。

「井浦……まさか……!」

 何をしようとしているか察したようで、袴田くんの顔色がサーッと青くなる。身長差を考えてしっかり掴んで固定すると、私は思い切り頭を後ろに逸らした。

「は、早まるなって、お前だって無事じゃ――」
「袴田くんの――バカ!」

 勢いをつけ、袴田くんの額をめがけて自分の額を叩きこむ。鈍い音が響いて、お互いの脳をぐわんぐわんと揺らした。