夏祭りの最後に叩きつけられた挑戦状――袴田くんの心残りを見つけることは、正直今でも分からない。でもよく考えてみたら、良い意味で大のお人好しの彼だ。
 過去を特に悔いていたが関係しているとすれば、同じ過ちを起こさないようにすることだったのではないか。私と最初に出会ったのは偶然だったと思うけど、誰も傷つけないために、見知った顔の私を利用したのも納得がいく。

「心残りを探せっていうのも建前で、自分の身体を維持するために私の身体に長期間取り憑くための準備だったんじゃないの?」
「え、えーっと……いや、まぁ……」
「ビー玉に魂を閉じ込めたのも、結局は吉川さんを守るためでしょう?」

 これは私の勝手な仮説だ。
 彼は立てこもり事件に偶然居合わせてしまい、吉川さんが倒れたのを目の前で目撃したことで焦っていたのではないだろうか。意識を無理に保とうとする彼女を見て、咄嗟に魂だけを閉じ込めることを思いついた。彼が私に取り憑いて動くことや、実体化できる異質な力ならそれが可能だと思い、賭けることにした。結果的には成功したが、随分割の合わない博打を打ったものだ。後は頃合いを見計らって身体に戻す算段だった。
 しかし、相手は重症の怪我を負っているとはいえ、自分を陥れた人物だ。躊躇っているうちに身体の維持が保てなくなっていった。

「……ちがう?」

 かなり勝手かつ強引な仮説だと自分でも思う。袴田くんは呆れたように小さく溜息をついた。

「半分ハズレ。……本当はすぐに戻すつもりだった。でも自分の身体を維持するのに精一杯で、ビー玉を壊すほどの力が無かった。それだけだ」
「……随分素直だね、大丈夫?」
「お前こそ、随分失礼になったな」

 お互い様だな、と袴田くんはポケットから黒い靄がかかったビー玉を取り出した。

「でも、ようやく返すことができる」

 手のひらの中心にビー玉を置くとぎゅっと握る。薄いガラスが割れた音がして、指の隙間から小さな光が漏れる。袴田くんは病院の方を向いて手のひらを開くと、光を帯びた球体が宙に浮いてスッと消えてしまった。

「じきに目が覚めるはずだ。一年も寝たきりだったから、起きるのに一苦労だろうけどな」
「……ありがとう」
「別に、約束を守っただけだ」

 照れているのか、袴田くんはそっぽを向いた。
 喧噪から離れた場所で二人で並ぶ。駅のホームで話した時とは違う、ぎこちない空気が漂っていた。問いただしたいことが山ほどあるのに、聞いたら最後になってしまうんじゃないかと、急に不安に煽られて言い出せない。