「そうだな。……井浦、その人を連れて外へ」
「……うん」

 二人が笑みを浮かべる。ああ、いつもの二人だ。
 私は母親を支えながら、ゆっくりとバスを降りた。母親を歩道まで連れていくと、男の子がぐしゃぐしゃの顔で泣いて駆け寄ってくる。ぎゅっと抱きしめられた彼女も、男の子に負けないくらい強く抱きしめ返した。
 安堵したのも束の間、突然ドン! とバスが大きく揺れた。
 振り返ると、狭い車内で袴田くんと田中くんが豪快に殴り合っているのが見えた。袴田くんが「くはは!」と笑う声が聞こえてくる。その姿がやけに楽しそうで、猟奇的に感じ取った見物人のほとんどが、顔が引きつっていた。狂っていると思われても仕方がない。
 なんせ袴田くんなのだから。

「あ、あの金髪の彼は一体……?」

 泣きついて離れない息子を宥めながら、母親は神妙な面持ちで私に問う。

「彼は……」

 不良、幽霊、死神。――日頃の恨みも兼ねて散々嫌味ったらしい名称をつけてもいいが、やっぱりしっくり来るのはこれだろう。

「――ヒーロー、みたいなもんです」

 狭い車内で繰り広げられる一方的な殴り合い。田中くんたちはただ耐えるだけで必死だった。座席やポールを使って自由奔放な動きをする袴田くんを、後ろでサポートしながらも確実に叩きこむ岸谷くん。――これが近江先輩が言っていた「北峰のツートップ」と称された二人の実力。これはきっと、もう二度と見ることのない、北峰の最高不良コンビが織り成す無双と言っても過言ではない。
 誰も寄せ付けない阿吽の呼吸は、瞬きさえ許されないほど素早くて、いつしか息をするのも忘れてしまうほど暴力的で、繊細で、圧倒的な強さだった。