「えっ……な、何でもない!」

 視線を地面へ逸らすと先程まで握られていた手に、吉川さんの細い指の痕が赤く残っていた。もし岸谷くんが来なかったら、この手はさらに絞めつけられていたかもしれない。想像するだけで身震いした。

「今の……吉川か? あいつに何かされたのか?」
「え? あ……ううん、大丈夫。それよりどうしてここに?」
「お前がまた他校の奴に絡まれたって話を聞いてさ。知ってる奴いるし、交渉しようかと思ったんだが……お前、またやったな?」
「あー……ははは」

 一体いつから見られていたのだろう。せっかく説得にやってきたかと思えば、私――というより袴田くん――が追い返してしまった後だ。

「袴田が死んだこと、アイツらもわかってるはずなんだ。それでもアイツに勝ちたいって思う方が強い。……お前に八つ当たりしたところで、袴田が生き返るはずがないのに」

 どんなに願ったところで、死んだ人間は戻ってこない。それこそ、多くの人から慕われ、求められていた人間こそ、すぐいなくなってしまう。
 ……神様は、意地悪だ。

「アイツがいたら、今の状況を見てなんて言うかな」
「……わからないよ、本人しか」

 岸谷くんのすぐ近くで、袴田くんは俯いたまま立ち尽くしていた。
 そこにいるんだよって教えたら、少しは彼も気が楽になるだろうか。……いいや、きっと岸谷くんは彼に縋りついてしまう、そんな気がした。

「これは仲間から聞いた話で確証はないが……お前にも伝えておく」

 気まずそうに口を開いた岸谷くんは、私に口外しないことを前提にある噂を教えてくれた。

「あの日、袴田は誰かに突き飛ばされたのかもしれない」