「井浦、このバスはどこに向かってる?」

 呆然として見ていると、袴田くんが田中くんに視線を向けたまま問う。
 バスを乗っ取られ、運転手が拳銃を突きつけられても、バス停を通過するだけで、道順は変わっていない。
 ならばこのバスの終点は?

「……吉川さんがいる、病院」

 私が答えると、袴田くんは小さく舌打ちをした。

「なるほどな。吉川がいる病院で、立てこもり犯の釈放を警察に要求するつもりだったのか」
「なんでそんなことを……?」
「思い出させるためだ。犯人が逮捕されたとはいえ、吉川が病院に入院していることは知っているはずだからな」

 すでにバスの車窓から病院の建物が半分ほど見えている。信号待ちがあったとしても、十分もかからずに着いてしまう。このまま病院に彼らが乗り込んでしまえば、入院している人にも影響を及ぼしかねない。

「とんだクソ野郎になり下がったな……。井浦、バスが止まった後のこと考えとけ!」
「え!? ちょ、袴田くん!?」

 そう言って前を向くと同時に、突っ込んできた田中くんと取っ組み合いになる。
 袴田くんが抑えていてくれる今、一番危ないのは拳銃を突きつけられている運転手と、田中くんの近くにいる母親だ。窓を開けて大声で助けを呼ぶような、大胆な行動はできない。
 乗降口を開けるためには、バスをどこかで停める必要がある。問題は運転手に拳銃を突きつけている兎のお面の彼を、どうやって引き離すか。ただでさえ運転席に行く途中で火花は散っており、二人の気迫で動けない。それほどまでに殺気立った空気に呑まれそうだった。
 すると、田中くんが一度距離を取った。呼吸を整えながら、懐かしい口ぶりで言う。

「なんの事情かは知らねぇが、丁度いい。あの時の借りを返したかったんだよ」
「あの時……?」