「……ったく、なんでお前はいつもいつもいーつも、後先考えずに先走るかな」

 心底失望した、と言いたげなため息交じりの声がすぐ近くで聞こえた。鉄パイプの打撃にのたうち回っているはずなのに、一向に痛みがこない。
 まさかと思い、おそるおそる目を開く。振り下ろされたはずの鉄パイプは私の頭の上で止まっていた。後ろから伸びた北峰の制服を着た右腕が掴んだ鉄パイプを、軽く捻って押し返すと、田中くんは勢いでバランスを崩し、床に倒れ込んだ。

「な、んで……、なんでお前がここに……?」
「くははっ」

 田中くんは非常に困惑していた。表情は強張っており、座り込んだまま何度も瞬きをして彼を見る。
 すっかり聞き慣れてしまった、特徴的な笑い方に思わず安堵していると、途端に頬に涙が伝う。振り返らずともすぐにわかった。こんな突飛なことができるのは、彼しかいない。

「まぁ、予想はできてたけどな。だって井浦だし」
「……遅いよ、袴田くん」

 金髪と左耳の黒い二連ピアスを揺らして私の隣に立つ。
 幽霊じゃない。まだこの世界で生きていた、最強の不良と謳われた時の袴田玲仁がここにいた。

「なんでここに……?」
「なんでって、ずっと一緒にいたぞ」
「……一緒に?」
「その『何言ってんだコイツ』みたいな顔で首を傾げんなよ。よく考えてみろ、俺ができるのは空中浮遊だけじゃねぇ」

 そう言われて未だ困惑する頭で考える。
 袴田くんができることと言ったら、喧嘩といたずらと、……あ。

「まさか、ずっと取り憑いてたの……?」

 ご名答! と言わんばかりの満面の笑みを浮かべて指を鳴らす。
 ちっとも嬉しくない!