自分でも驚くほど、低く暗い声色だった。田中くんは私を見てビクッと身震いする。車内は静まり返り、走行音だけが聞こえていた。私は揺れに気を付けながら前に出て、田中くんの前に立つ。

「田中くんには私が開き直っているように見えるのかもしれない。自分を守るために必死だったというのも、当てつけに聞こえるかもしれない。……だからって、田中くんのしていることは間違ってる。傷つけていい人なんてどこにもいない。人がやったから自分もやっていいなんて、その考え方は絶対間違ってる」

 こんなものは理不尽な逆恨みでしかない。田中くんは吉川さんの仇を取りたいわけではなく、自分の存在意義のために仕掛けているようにしか思えなかった。

「なんだよ……何も奪われたことないくせに、俺に説教すんじゃねぇ!」
「吉川さんと幼なじみだって聞いた。吉川さんだってこんな復讐望んでないよ」

 ずっと彼女のお見舞いに来ていることは、あの日、彼女の母親から聞いていた。
 一日も早く、彼女が目を覚ます事を願っているのは田中くんだと、彼自身もわかっているはずなのに、中学の時の逆恨みが混ざってやるべきことを見失っている。
 ここで私が何を言っても無駄なのはわかっている。救いようのない人かもしれない。私では引き留めることができないかもしれない。
 それでも少しでも引き留められるなら、大切な人を脅すような出し方をしてでも止める。

「田中くんが復讐を終えたとして、そんなふざけた恰好で吉川さんに会うの? 吉川さんだけじゃない、自分だって絶対後悔するよ!」
「……っ、うるせぇ!!」

 怒りで顔を真っ赤にした田中くんが、両手でしっかり握り直した鉄パイプを私に向かって振り上げた。止めてくれる人は誰もいない。後ろの座席から聞こえる悲鳴が、すごく遠くから聞こえてくるような気がする。私の意識が田中くんの目に向けられているからだろうか。
 ふと、前にもどこかで、似たようなことがあった気がする。
 ……そうだ。岸谷くんが吉川さんを殴ろうとした時だ。あの時は無我夢中で飛び出したんだっけ。
 呆れながら袴田くんが身体に取り憑いて、助けてくれたのが懐かしい。
 ――袴田くん、か。
 私は多分、あなたの心残りを見つけらないかもしれない。
 中学の時から彼に不穏な何か感じ取っていたとしたら、これしか考えられなくて動いてみたけど、私じゃダメだったのかな。
 正義感の強いあなたのことだから、きっと田中くんの復讐を阻止したかったんだと思うんだ。

「……やってられないや」

 ごめん、あとちょっとだったのに。
 私は目を閉じた。振り下ろされる鉄パイプが直撃して、鈍い音がした。