これ以上隠しても無駄だと思ったのか、彼はお面を外して素顔を晒した。病院の廊下ですれ違ったときの同じ、短髪の黒髪に三白眼が現れると、ふう、と大きく息を吐いた。さぞ息苦しかったのだろう。田中くんは自分を守っていたお面を乱暴に叩きつけた。半分に割れたお面が運転手近くまで飛ぶと、拳銃を突きつけていた兎のお面の彼が顔だけをこちらに向けて怒鳴った。

「お前、なんで顔出してんだよ!? バレるぞ!」
「コイツはもう俺の顔を知っている。心配すんな、警察に捕まってもお前の身元は口を割るつもりねぇから」
「でも!」
「いいから、俺を信じろよ」

 兎は戸惑いながらもまた運転手の方へ戻った。田中くんは私に言う。

「俺もあの兎の奴も、犯人に身近な人間を傷つけられた。たった二人で何ができるか考えて、身近な人間を傷つけるっていう、同じ方法で復讐することにしたんだ」
「犯人はもう警察に捕まっているはずでしょ?」
「ああ。刑務所にいるのはわかってる。だから共犯だったこの女を人質にして、警察に連れてくるように脅迫する。その時に警察に捕まることになっても、当初の目的を果たせればそれでいい。……って思ってたんだが、まさかお前に邪魔されるとは想定外だ。……どうしてくれんの?」

 さも面倒臭そうに溜息をついて私を睨む。田中くんのことだ。このままに放っておけば立てこもり犯どころか、共犯だという母親の命でさえも奪ってしまうかもしれない。人として許されることじゃないことは、彼にだってわかるはずだ。

「どうもこうも、二人とも今すぐバスから降りて。自首しに行こう」

 バスを乗っ取り、凶器で脅した――いや、拳銃を所持している時点で犯罪だ。
 しかし、そんな私の提案を簡単に呑むはずもなく、突然田中くんは狂ったように嗤い出した。甲高く、袴田くんとはまた違った独特な気味の悪い嗤い方だった。