話を遮って、母親が泣き叫んだ。

「脅されただけなの! 従わないと家族を傷つけるって言われたら、従うしかないじゃない! 耳打ちされたのも、従えば誰も傷つけないし、付き合っていたことを話さないって……私には従うことしかできなかった!」
 あの時の恐怖が蘇ったのか、自分の身体を抱えこむように抱きしめ、怯えながら悔しそうに唇を噛みしめる。彼女も自分だけでなく、家族まで人質にされて選択を迫られていたのだ。
 しかし、狐のお面の彼はさらに彼女を追い詰めた。

「嘘だろ」
「嘘じゃないわ、本当なの!」
「嘘にしか聞こえない。実際にあれは、アンタが起こした悲劇だ!」

 車内に悲痛の叫びが響く。鉄パイプを一段と強く握られて震えている。

「お前が自分の家族を守ったように、お前は俺の家族同然のアイツを奪ったんだ!」

 狐は鉄パイプを母親に向かって振り上げる。おばあさんが咄嗟に男の子の耳を両手で覆い、見えないように身体に隠した。その場にいた誰もが、彼の気迫に抑えつけられて、恐怖が足を掴んで地面に絡められたように、誰もその場から動けなかった。
 誰も傷つけずにこの場を収めるなんて、到底無理な話だ。
 それでもこのまま何もせず見ているわけにはいかないと思った。

「――っ、もうやめよう! 田中くん(・・・・)!」

 かろじて出せた声は怒鳴るというより奇声に近くて、自分でもわかるくらい震えていた。誰があんな声を聞き取れたのかはわからないけど、少なくとも狐のお面をした彼は、振り上げた手を空中で止めた。そしてゆっくりこちらを見ると、お面の向こうであの日のように睨みつけた。

「……ああ、なんだ。置物(おまえ)だったのか」

 標的が私に切り替わったのは明白だった。なんせそのお面の下の顔を知っているのは、この中で私と立てこもり事件で人質になった彼女しかいないのだから。

「驚いた。北峰に行ってたのか。喧嘩三昧なあんな学校に、お前みたいな奴がいると余計に浮くのに。今も置物やってんの?」
「……どうしてこんなことを? 吉川さんのため?」
「明穂を知ってるのか。……性格が悪いアイツがお前なんかとつるむようには思えないけど」

 私は根っこが絡みついたように重い足を、おそるおそる一歩前に出した。後ろの座席から一段、また一段と降りると、狐――いや、田中有弘は言う。