私はつい先程まで見ていた夢の記憶を手繰り寄せる。確か、雑誌コーナーで吉川さんの隣にいたあの女性だ。酷く動揺していたあの頃とは見間違えるほど血色も良く、幾分ふっくらしているように見える。
 狐のお面をした彼の睨みに、彼女はひたすら怯えているのを、私達は後ろでただ黙って見ていた。
 これは映画じゃない。実際に目の前で起こっている出来事で、下手に動けば誰かが傷つく。人間は物語に出てくるような強い存在に簡単にはなれないことくらい、考えなくてもわかる。怯え、泣いて、ただただ黙っていることしかできない。
 一年近く袴田くんが近くにいたからか、例え自分がどう動こうが後から助けてくれると、どこかで甘えていたのかもしれない。
 最初からわかっていたはずだ。
 ヒーローなんて、この世にはいないことを!

「……っ、あの!」

 私は思わず座席から立ち上がると、その場で狐に声をかけた。後ろから縮こまっているサラリーマンが「おい、お前止めとけ!」と小声で言ってくるが、構っていられない。

「さ、最初からその人を探していたみたいですけど、立てこもり事件と何か関係があるんですか?」
「……お前に話す義理はねぇ」
「北峰の生徒が巻き込まれて今も眠っているんです。何か知っているなら……」
「話す義理はねぇっつってんだよ! 同じ学校だからって正義感気取ってんじゃねぇ!」

 いきなり怒鳴り散らした狐のお面の彼は、鉄パイプを振り回して私に向ける。そのまま叩けばよかったのに、指揮棒のように私を指した。握っている手は小さく震えている。

「お前、喋りすぎだな。こっち降りてこい」
「……なら、その人をこちらに返してください。人質は一人で充分でしょう」
「コイツは人質じゃねぇ。犯罪者だ」