すると、ある人物の前で狐のお面の彼は止まった。
 先程おばあちゃんと楽しそうに話していた親子だ。小さな男の子を隠して怯える母親を前に、大きな溜息をついた。

「――見つけた、来いっ!」
「きゃっ……」
「おかあさん! やだ、やだ!!」

 強引に腕を引かれ、母親が座席から引きずり出される。男の子は必死に母親の腕を掴んで離そうとしない。

「ちょっと話をするだけだ。用が済んだら返してやる」
「やだやだ! おかあさん、いっちゃやだ!」
「……チッ。うるせぇな」

 とてつもなく低くて、脅しかかった声が車内に轟く。その瞬間、私の脳裏にある声が反響した。

「――――っ!」

 ああ、こんな時に思い出したくないのに!
 頭に反響した声が次第に大きくなっていくと、恐怖から身体が震えた。鉄パイプを突きつけられたときよりも、私にとって記憶こっちの方がずっとずっと恐ろしい。
 少し目を離した隙に、母親から男の子が強引に剥がされ、おばあちゃんに抱き止められていた。男の子が泣き叫ぶ中、狐は母親の腕を掴んで優先席に座らせると、鉄パイプの先を向けた。

「ひっ……!」
「悪いけど協力してもらうぞ。アンタだってあの場にいたんだから、わかるだろ?」
「あの場……?」
「忘れたとは言わせねぇぞ。約一年前のコンビニ立てこもり事件だ」

 一年前――心当たりがあったのか、彼女は次第に顔を真っ青になっていく。

「思い出したか? あの時、自動ドア近くの雑誌コーナーにいたよな」
「……わ、私を人質にして、どうするつもりですか」
「大体の見当はついているんだろ。結局は同じ穴の狢か。ガキもうるせぇし……」
「やめて! あの子に近付かないで!」
「関係ない? アンタの子なのに関係ないっておかしい話だよな、オバサン」
「お願いします……、お願い……!」

 お面の向こうにある殺気立った睨みに圧倒されて、彼女は震えながら何度も懇願する。後ろの座席では男の子が母親の元へ行こうと、おばあさんの腕の中で必死にあがいていた。