決して尖ってはいないが、意図的に曲がってしまった鉄パイプにどこか不気味さを感じる。今まで巻き込まれていたとはいえ、不良の喧嘩でも鉄パイプどころか、ナイフで襲ってきた人がいるのを見たことがあるし――袴田くんのせいで――頬をかすめるほどギリギリで避けたこともあったけど、いざ目の前にすると私は動くことが出来なかった。
 怖い。この鉄パイプが、今にも自分の首に叩きこまれるのではないかと、冷や汗が伝う。

「何をしたって聞いている。背中に何を隠した?」
「……座り直したんです。スカートがぐちゃぐちゃだったから直すために動いただけです」

 そう言いながら、目線をできるだけ外に向けた。下を向いていたら、スマホが起動していることに気付かれてしまう。背後からでも彼の睨みは殺気を帯びており、下手に動くのは得策じゃない。

「……北峰の生徒は、何をしてくるかわからないからな。余計な真似はするなよ?」
「そんな偏見……」
「それを作ったのはお前の卒業生だ。恨むならそっちを恨めよ。それと袴田か。死んだとはいえ、名残が岸谷に引き継がれているのはわかってんだ」
「……え? 袴田って……彼を知っているんですか……?」
「知らない方がおかしいんじゃないのか」

 横目で狐のお面の彼を見る。もちろんお面越しなので表情からは何も得られない。
 彼の言う通り、袴田くんは多くの人が存在を認知している方だと思う。でも今はクラスメイトや先生どころか、戦友でさえ彼の存在を忘れてしまっている。今はもう、知っている方がおかしいのだ。
 それに北峰は不良の集まりで有名だけど、岸谷くんが主体となって動いている現状は、いくらなんでも知りすぎているような気がする。夏祭りの一件で大事になったとはいえ、ここまで情報は開示されていない。
 すると、狐のお面の彼は鉄パイプを私から離した。

「まあいい。邪魔はするなよ」

 そう言って彼は、運転手以外の客を後ろ座席に移動させた。
 車内には親子とおばあちゃん、うたた寝していたサラリーマンの他に、私が寝ている間に乗車したであろう大学生らしき男女が二名――私を含め七名が人質らしい。バスの運転手は傍に立つ兎のお面の彼に拳銃を突きつけてられているため、指示に従って停留所を通過して走行を続けている。おそらく外からは気付かれていないだろう。
 すると今度は、狐のお面の彼が乗客の顔を一人ずつ吟味するよう覗き込んだ。まるで誰かを探しているのか、小さなほくろさえも見逃さないようにしている。すっかり目が覚めたサラリーマンが震えた声で怒鳴りつける。

「こ、こんなことしていいと思ってんのか!」
「こんなことまでしないと警察は動かねぇんだよ。余計なことを考えずに大人しく従ってりゃ、何もしねぇよ。だから黙ってろ」

 歪ながらも鉄パイプの曲線を沿うようにぎらりと反射する。ナイフにでも見えたのか、サラリーマンはそれ以上は何も言わなかった。