早送りのように時間が過ぎて、店内にかかった時計の針はものすごいスピードですでに四周目を終えていた。
 そして針が五周目に差し掛かると同時に、犯人がいきなり怒鳴り始めた。

「おっせぇなぁ! もう人質のことなんて見捨てちまったのかもな!」
「い……っ!」

 声を荒げながら、犯人が逃がさないよう掴んでいる吉川さんの腕を強く掴んだ。彼女は唇を噛み締め、犯人を睨みつける。

「……なんだ、その顔は?」
「もう諦めたらどう? きっと警察は、あなたなんかに渡す資金も、車も用意してないわよ」
「はぁ? 状況がわかって言ってんの?」
「あなたが何したか知らないけど、こんなことして誰も報われないわ!」

 吉川さんの頬に涙が伝う。噛み締めた唇の端は赤く滲んでいた。カウンターの裏で悲鳴が上がる中、はっきりと聞こえた懺悔に耳を疑う。
 ――私だって早く気付きたかった、と。

「何も知らないくせに説教すんなよ……俺はもう後に引けねぇところまで来ちまったんだぁぁぁ!」

 呟いた言葉がかろうじて聞き取れた犯人は、乱暴に吉川さんを投げ飛ばした。そしてナイフを振り上げたその瞬間、カウンターの裏で息を潜めていた人質たちが一斉に男に飛びついた。

「離せ! クソッ!」
「大人しくしろ! 皆、しっかり抑えつけとけぇ!」

 身動きができず、ジタバタしながら荒ぶる犯人にもう何もできやしない。胸を撫で下ろしたのも束の間、犯人はがむしゃらに暴れ出した。両手を縛られている店員や客は振り回す腕を止められない。

「クソッ……せっかくここまで逃げ切ったのによぉぉお!!」

 苦し紛れの悪あがきの末、犯人の手からナイフが抜けて飛んでいく。
 私は一歩前に足を踏み出した。でもそれ以上は何かが遮って進めない。
 彼女は助かったはずなのに、あと少しで届くのに!

『目をそらすな。ここでお前が飛び込んでも結果は変わらない』

 耳元で袴田くんの声が聞こえた。
 ……ああ、そうだ。これは夢の中だ。何をしても変わらない。
 唇を噛みしめて、この悲惨な光景を記憶に焼き付ける。
 どうして吉川さんだけが負傷したのか。――答えはとてもシンプルだった。
 店内に悲鳴が響く。私はそれを見逃さなかった。