……いやいやいや。
 袴田くんに身体を乗っ取られたその副作用とか、そんな理由で記憶を共有されてしまったとしたら、相当困ったものだ。プライバシーの侵害でしかない。
 店内には吉川さんとパーカーの彼を含めて利用客が五人、店員が二人。ネットニュースで見かけた事件とそっくりであることに気付く。
 もしこれが本当にあの事件の光景そのものならば、袴田くんは事件を目撃していることになる。
 ……どうして?
 ストーカーされていた側だった彼が、復讐する為だけに彼女を付きまとう側にまわるとは思えない。
 それにこのタイミングで彼が見た記憶を辿るなんて、誰かが裏で糸を引いているのではないかと疑心暗鬼になってしまう。この記憶に、何か伝えたいことでもあるのだろうか。
 私は一歩下がって、周りを見渡した。――その時だった。
 自動ドアが開くと、荒々しい様子で指名手配犯の男が入ってきた。片手に手錠らしきものがはめられている。ニュースでは取り押さえられた一瞬の隙をついて逃走したと言っていたから、手錠をかけられる最中に逃げ出してきたのか。

「全員動くなああ!」
 
 犯人は叫ぶながら、雑誌コーナーの近くにいた女性の腕を掴んで引っ張ろうとする。すると吉川さんが二人の間に入って女性を突き飛ばし、自ら人質になった。 カウンターの裏から店長が出てくると、この惨状を見て急いで警察に通報しようとするが、吉川さんの首元に当てられたナイフを向けて言う。

「動くな、言う通りにしろ。誰も怪我したくなかったら、言うことを聞け!」

 その後、犯人はカウンターに全員を集めると、店員に自動ドアの電源を切らせ、さらに商品棚を移動させて完全にドア塞ぐと、吉川さんがかばった女性に全員の手首をガムテープで固定するように促した。
 吉川さんに犯人のナイフが突きつけられている以上、誰も手出しが出来ない状況で、従う事しかできなかった。
 女性も含め身動きを封じたところで、コンビニに電話が入る。外で待機している警察からのようで、犯人は「逃走用の車と資金を用意しろ、言う通りにしなければ人質の命はない!」と脅迫した。
 ここから約五時間の探り合いが行われる。店内では犯人が興奮状態にあり、ずっと吉川さんにナイフを向けていた。一方、慎重に事を進める警察は、交渉している間に突入部隊をコンビニに配置していたのだろう。
 緊迫した状況の中、カウンターの後ろに固められた店員と利用客は、当たり散らす犯人に隠れて小声で作戦を練っていた。幸い、足にはガムテープが巻かれていない。吉川さんが離れたタイミングで一斉に飛びかかるらしい。いくら何でも無茶すぎると思った。相手は凶器を持っているし、人質だっている。このまま警察の突入を待つ方が安全だったはずだ。
 その間、吉川さんは言われた通りにじっとして犯人の言う通りにしていた。壊れたフェンスを使って私を屋上から落とそうと企んだ吉川さんだって、相当怖かったはずだ。
 これを袴田くんはずっと見ていた。ひしひしと伝わる緊張感も、不安のあまり呼吸が荒くなっていくのも、遠くから聞こえるパトカーのサイレンも全部、ただ立ち尽くすことしかできなかった光景をずっと見ているしかできなかった。