それだけ打ち込んで送信すると、私は画面を伏せて車内に目を向けた。優先席で楽しそうに話す親子とおばあちゃん。移動中のサラリーマンが船を漕ぐ姿。一段上がった席に座る私には、平穏な光景が視界に入ってくる。夕方になれば、今度は学生たちが多く乗って賑やかになるのだろう。
 平凡な光景を目にして安堵するのは、私が焦っているからなのか。それほどまでに私の中で、袴田くんの存在が大きくなっていったからだと実感する。
 しばらくしてスマホが震えた。画面を開いてみると、岸谷くんは先程のコメントには何も答えず、田中くんの情報だけを書き込んでくれていた。

【田中(あり)(ひろ)――中学時代、クラス内でのいじめの首謀者として、退学処分を食らって中退。別の中学に編入、南雲第一高校へ入学すると、当時から最高権力者であった高御堂の指揮に従うことなく現在に至る。噂では半グレ集団とも繋がりがあるらしいが、実際のところ確認できていない。高御堂に逆らうほどの実力者であることは確か】

 最後に【何をしでかすかわからない奴だからお前は絶対近づくな】と念押しされていた。お人好しとは彼のことを指すのかもしれない。私だって無謀に突っ込もうとしているわけじゃないのに。お礼を打ち込むとすぐに既読がついた。

【どうせお前のことだから今学校出て行っただろ。南雲ならお前一人じゃ無理だ。行き先教えろ】

 誰がそんな野蛮なところに一人でいくものか。

 ――吉川さんの病院に行ってくる。
【そこに田中がいるってのか?】
 ――わからない。でも仮にいたとしても、病院で暴れようとは思わないはずだよ
【田中と吉川が繋がっているって? 本気か?】

 トントン拍子で返ってきた返信が止まった。授業中だし、先生に見つかったのかもしれない。そんなことを思っているとスマホが震えた。

【俺も行くから病院の前で待ってろ】

 いやいや、確かに心強いけども。
 私は返信せずにそのまま画面を落とした。これ以上、袴田くんの記憶を失くしている岸谷くんを巻き込むわけにはいかない。情報だけもらえたら充分だ。
 これで何かが変わるかもしれないと思った途端、眠気に襲われた。知らぬ間に気を張っていたのかもしれない。乗り過ごさないよう、車内アナウンスに耳をかたむけながら、重いまぶたを閉じた。