廊下を走り抜け、次の授業まであと数分といったところで、教室に入ろうとする見慣れた背中を掴んで引き留める。突然のことで驚いた彼――岸谷くんは、思わず足を止めてこちらを向いた。

「え、井浦? お前授業は――」
「岸谷くん、調べてほしいことがある。できれば早めに欲しい。要件は送っといたから」
「は?」
「訳がわからないと思うけど、岸谷くんなら絶対調べてくれると思う。……お願いね」
「ちょっ……井浦ぁ!?」

 一方的に押し付けて、私は踵を翻して来た道を戻る。下駄箱に行くには、一度戻ってから降りなければならない。三年生が同じ階で良かったけど、机に向かってばかりで体力が落ちている受験生には辛い労力だ。

「何を企んでる!? 無謀なことしようとしてんじゃねぇよな!?」

 メッセージを確認したらしい岸谷くんが怒鳴る声が聞こえる。廊下中に響いて、誰もが彼を注目する中、私は視線を掻い潜るようにしてその場を離れた。
 学校を飛び出して、ちょうど停留所にやってきたバスに乗り込む。平日の昼間とあって、車内が空席が目立った。乗降口に近い二人がけの席に座ると、バスがゆっくりと動き出す。
 スマホが震えて画面を開いてみると、岸谷くんから返信が来ていた。調べてほしい項目を見て怒鳴ったのだから、お叱りの内容だと察した。

【お前が調べろっていう奴、最悪だぞ! 田中は俺でさえ関わりたくないヤバい奴だ。なんの因縁があってこんな危ない橋を渡ろうとしてんだよ!】
 ――ごめん。でも時間がない。
【時間? 朝言ってたハカマダって奴と関係があるのか?】

 こういうときに限って岸谷くんは察しがいい。彼が袴田くんのことを忘れていても、きっと思い出そうとしてくれるはず。

 ――岸谷くんにしか頼めないからだよ。