「……え?」
「中途半端な時期に編入してきたでしょ? クラスが違ったから知らなかったと思うんだけど、高校で同じクラスになるなんて思ってなかったからびっくりしちゃった! でも井浦さんの隣の席の人がいたから怖くて近寄れなかったんだよね。人当たりは良かったけど、纏っているオーラが怖かったし……って、全然覚えてないんだけどね、その人のこと」

 瀬野さんが指さす。私の隣の席――袴田くんがずっと座っていた席だ。
 ……あれ?

「この席……なんで残っているんだっけ?」
「えっと、誰か使ってたんだよ。それでー……いなくなっちゃったんだっけ? でも誰かいたのは覚えてるんだよね。なんでだろう?」

 スマホの文字化けと、名前が消えかかった模造紙。――人の記憶から袴田くんが消えているこの現状に、ふと疑問が浮かんだ。
 私だけが袴田くんをずっと覚えているのは、彼が亡くなった後も近くにいたからだとしても、それだけを理由に特別枠ができるだろうか。
 もし、袴田くんのタイムリミットがまだ残っているとしたら?
 まだ彼が完全にこの世界から存在が消えていないとしたら?

「……瀬野さん、さっき私と同じ中学だって言ったよね、もしかして吉川さんもそうだった?」
「明穂? うん、同じクラスだったからね。よく一緒にいたし、遊んだりしたよ」
「知っている範囲でいいんだけど、吉川さんの知り合いに――って人、いなかった?」
「あー……その人なら一度会ったことあるよ。確か幼なじみって言ってたかな」

 ――繋がった。

 どうしてもわからなかった点が、ようやく線となって繋がった。
 そして今も存在する、私の隣の席。――完全に彼が消えたわけではないとしたら?

「……まだ、間に合うかもしれない」
「井浦さん?」
「瀬野さん、ありがとう!」

 勢いよく席から立ち上がると同時に急いで教室から出ようとすると、代理で来た先生と鉢合わせになる。小言が多い女性の先生だ。

「あら、井浦さん? どこに行くの?」
「すみません先生。サボります!」
「さぼ……って、待ちなさい!」

 先生、今日だけはごめんなさい。私は先生を振り切って廊下を走った。
 後ろで「内申点に響くわよ!」と声が聞こえても振り向かない。内申点ならいくらでも自分で巻き返してみせる。もう三年生で巻き返すには遅すぎるタイミングだったとしても、学校のブラックリストに昨年から載っている時点で、底辺からの再出発に過ぎない。
 でも今動かなければ、きっと私は一生後悔して、死んでも死にきれないと思った。