「――さん、……井浦さん? おーい、大丈夫?」

 突然手のひらが視界に入ってきて、ハッと前を向く。授業はいつの間にか終わっており、クラスメイトのほとんどは授業までの短い休憩時間で談笑している。
 その中で私に声をかけたのは、クラスの文化祭実行委員の瀬野さんだった。

「あ、やっと気づいた。もしかして具合悪い?」
「え……ご、ごめん。大丈夫、何かあった?」

 瀬野さんは今まで同じクラスとはいえ、孤立している私に必要以上に話しかけてくることはなかった。もしかして朝一で私が広げた模造紙のことを聞きに来たのだろうか。

「朝の模造紙なら、私が来た時に――」
「ああ、そっちじゃないの。きっと私がロッカーの上に雑に置いたから、何かの反動で落ちたんだと思う。片付けてくれてありがとう」
「そ、そっか……じゃあ、どうしたの?」
「ただお話をしに来ただけよ。ダメだった?」
「でもそろそろ授業……」
「次の授業は先生が休みで自習。本当に大丈夫?」

 そういえば、そんなようなことを言っていた気がする。

「忘れてた。普通に準備してたよ」
「ふふっ。井浦さんって真面目だね。由香が気に入るのもわかる気がする」
「……佐野さん?」
「そうそう。あの子、クラスが隣だからって私に井浦さんを監視しとけって私に言ってきたの」
「監視って……え、私、なにかやらかした?」
「そんなんじゃないよ。ただ先週、由香から『辛そうだったから気にかけてほしい』って頼まれたの。私は全然気付かなかったけど……確かに、最近暗いよね。ちょっと前に戻ったみたい」

 前に戻った――なんとなく、袴田くんが事故に遭う前の事を指しているような気がした。今もクラスで浮いているが、それでも昨年に比べたら全然マシだと思う。そうでなければ、私が瀬野さんと話していること自体、ありえないのだ。
 話が途切れてしまい、話す内容に困ったのか、瀬野さんは笑みを浮かべて続けた。

「そうだ、そういえば私、井浦さんと同じ中学なんだよ」