人は二度死ぬ。
一度目は肉体がこの世から無くなった時。
二度目は覚えている人が居なくなった時。
たとえ何十年、何百年経ってその人物の名前が書かれた模造紙が残っていたとしても、当時を知る人がいなければ同じだ。結局は書面で――デジタル化が進んでいれば画面上になるかもしれない――管理するものだから、詳しい経歴を知る必要もない。
それを踏まえたとしても、袴田くんの二度目の死は早すぎた。
肉体だけでなく、生前の彼が関わった多くの人の記憶から消えていった。人が熟睡している最中に頬を撫でられるくらい呆気なく、知らぬうちに彼の存在が抜けているようだった。存在を伏せるために起こった文字化けも、マジックで書いたがために染みついて消えない模造紙の名前さえも薄くなっている。いつしか「ハカマダ」の名字すら消えてしまうのではないかと、馬鹿げたことまで考えてしまう。
一番忘れてほしくなかった岸谷くんから聞きたくない言葉を受けた直後、私がどうやってその場を切り抜けたのか、あまり覚えていない。少なくとも昨日、別れる前に頼まれていたことはできなかっただろう。
この教室にいる全員が袴田くんとの記憶が消えてしまったとわかったのは、私が朝一で広げたままにしていた模造紙に不自然に空いたスペースに疑問を持つ生徒が多かったからだ。私にはまだ薄っすらと彼の名前が見えるのに、誰一人気付く様子はない。不自然さを残していつも通り授業が始まれば、誰も模造紙のことなんて忘れてしまった。
私はノートを取ることも、先生の話を聞くこともせず、ただボーっと前を見つめていた。顔を上げれば前の席のクラスメイトが板書する背中を見えるはずなのに、視界は膜が貼られているかのようにぼんやりと映る。
――『あと一週間。それまでに俺を止めないと死ぬぞ』
彼の忠告からあと三日は時間があったはずだった。駅のホームで思い出話に花を咲かせる暇があったら、ダメ元でも彼の現状を聞いておけばよかった。あの時突然現れたのも、何かのサインだったのかもしれない。吉川さんが私のトラウマな光景を再現できた理由がなんとなく分かった時点で、岸谷くんを待たずに一人で調べるべきだったのかもしれない。
これは私の甘さ故に起きてしまった失態なのか。本人に会えない以上、その答えを知る方法はない。
多くの人から彼の存在が消えてしまう。私も明日にでも、いや数時間、数分……数秒後には忘れてしまうかもしれない。
「……嫌だ……っ」
今更嘆いても、神様に届くわけじゃない。時間が巻き戻ることもない。
間に合わなかったんだ。
私は何度も助けてくれた彼を、助けられなかった。
一度目は肉体がこの世から無くなった時。
二度目は覚えている人が居なくなった時。
たとえ何十年、何百年経ってその人物の名前が書かれた模造紙が残っていたとしても、当時を知る人がいなければ同じだ。結局は書面で――デジタル化が進んでいれば画面上になるかもしれない――管理するものだから、詳しい経歴を知る必要もない。
それを踏まえたとしても、袴田くんの二度目の死は早すぎた。
肉体だけでなく、生前の彼が関わった多くの人の記憶から消えていった。人が熟睡している最中に頬を撫でられるくらい呆気なく、知らぬうちに彼の存在が抜けているようだった。存在を伏せるために起こった文字化けも、マジックで書いたがために染みついて消えない模造紙の名前さえも薄くなっている。いつしか「ハカマダ」の名字すら消えてしまうのではないかと、馬鹿げたことまで考えてしまう。
一番忘れてほしくなかった岸谷くんから聞きたくない言葉を受けた直後、私がどうやってその場を切り抜けたのか、あまり覚えていない。少なくとも昨日、別れる前に頼まれていたことはできなかっただろう。
この教室にいる全員が袴田くんとの記憶が消えてしまったとわかったのは、私が朝一で広げたままにしていた模造紙に不自然に空いたスペースに疑問を持つ生徒が多かったからだ。私にはまだ薄っすらと彼の名前が見えるのに、誰一人気付く様子はない。不自然さを残していつも通り授業が始まれば、誰も模造紙のことなんて忘れてしまった。
私はノートを取ることも、先生の話を聞くこともせず、ただボーっと前を見つめていた。顔を上げれば前の席のクラスメイトが板書する背中を見えるはずなのに、視界は膜が貼られているかのようにぼんやりと映る。
――『あと一週間。それまでに俺を止めないと死ぬぞ』
彼の忠告からあと三日は時間があったはずだった。駅のホームで思い出話に花を咲かせる暇があったら、ダメ元でも彼の現状を聞いておけばよかった。あの時突然現れたのも、何かのサインだったのかもしれない。吉川さんが私のトラウマな光景を再現できた理由がなんとなく分かった時点で、岸谷くんを待たずに一人で調べるべきだったのかもしれない。
これは私の甘さ故に起きてしまった失態なのか。本人に会えない以上、その答えを知る方法はない。
多くの人から彼の存在が消えてしまう。私も明日にでも、いや数時間、数分……数秒後には忘れてしまうかもしれない。
「……嫌だ……っ」
今更嘆いても、神様に届くわけじゃない。時間が巻き戻ることもない。
間に合わなかったんだ。
私は何度も助けてくれた彼を、助けられなかった。