いくら中身が袴田くんであろうと、他人の目に映っているのは井浦楓だ。
 透視能力でも備わっていない限り、すでに故人である彼の存在は認められず、現実に生きている私にすべてが向けられてしまう。だからできる限り身体を乗っ取られるのは避けたいけど、今のように私一人どうしようもないときに彼が居てくれると、強くは言えないのが現状。
 不貞腐れた顔をしながらも袴田くんが私の身体から出ていく頃には、不良たちは全員逃げていった。

『あーあ。久々に動いたー!』
「どこが久々……?」

 袴田くんを訪ねてくる不良は日に日に増えてきている。袴田くん目当てにこれ以上来られても迷惑だ。どうにかしなければと袴田くんに訴えれば、ケロッとした顔で『知るか』とひと蹴りされてしまった。

『どうしてもっていうなら岸谷に言えよ』
「岸谷くん?」
『アイツなら、他校にパイプ作ってるし』
「何の話?」
「井浦さーん!」

 私の声を遮ったのは、こちらに駆け寄ってくる吉川さんの声だった。額にうっすらと汗を浮かべ、黒髪を耳にかける仕草は流れるようになめらかで、金管楽器を首から下げるストラップが揺れると同時に浮かべた笑みはとても爽やかだった。

「井浦さん、さっきの人たち大丈夫だった? 声が校舎の中まで聞こえてきたから心配で」
「それで来てくれたの? 部活中だったんじゃ……」
「井浦さんの方が大事だもの」

 吉川さんはそう言って優しく微笑む。関係のない喧嘩に巻き込まれて多少なりとも苛立っていたのが、一瞬で和やかな気分になった。

「そういえばあれから岸谷くんとは大丈夫?」
「え? 何が?」
「何がって……付きまとわれて困ってたって……」

 何のことかわかっていないのか、とぼけた顔をするも、すぐに思い出して「ああ」と呟く。

「大丈夫よ。最近は何もないから安心して。私の心配をしてくれるなんて、井浦さんは優しいね」
「そう……? ならいいんだけど」

 ほんの一瞬、彼女の顔が歪んで見えた気がした。妙な違和感が拭いきれない。
 すると「聞きたいことがあってね」と吉川さんは耳元に近づくと、誰かに聞かれないように小声で話しかけてきた。

「袴田くんのことで知っていること、全部教えて?」