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 翌朝、アラームの音で目が覚めて、ボーッとする頭をどうにか動かしてスマホを開くと、目を疑った。昨夜、岸谷くんに送ったメッセージは既読どころか、送信できていないことになっていた。
 確かに昨日の夜、送ったことを確認したはずだ。どうして?
 それだけならまだしも、なぜか送った内容が文字化けを起こして読めなくなっていた。過去を遡っても、送受信関係なく袴田くんが関係する話だけが読めなくなっていた。
 他の人とのやり取りも確認するが、文字化けのような異常はない。ダメ元で「袴田くん」と名前を入れて送信すると、エラーが起きて勝手に取り消しされてしまった。
 スマホの故障にしてはおかしい。まるで袴田くんの存在を隠蔽するような――?

「まさか……っ!」

 嫌な予感がする。急いで支度を済ませ、寝坊して遅刻しかける学生のごとく慌てて家を飛び出した。
 昨日の時点で袴田くんの存在を忘れかけたクラスメイトがいた。岸谷くんも私が問い詰めなければ、何事もなく忘れていたかもしれない。
 一夜明けた今日、彼のことをまた忘れている人が現れたら?
 もしメッセージの文字化けが、ただの故障ではないとしたら? 
 どうか思い過ごしであってほしい。くだらない私の石頭が引き起こしたお節介であってほしい。
 電車に揺られながら、ネットで文字化けの原因や記憶喪失を片っ端から調べたものの、有力な情報が得られなかった。学校の最寄り駅に着くと、出勤ラッシュの人混みを掻い潜る。途中でコンビニに寄っても間に合うくらい余裕があるのに、私は足を止めなかった。
 一番乗りで入った教室は、いつもと打って変わってしんと静まり返っていた。鞄を自分の席に置いて、ロッカーの上に無造作に置かれていた模造紙を広げる。
 昨日まで残っていた袴田くんの名前が、消しゴムでこすったように消えかかっていた。

「井浦? お前が早いの珍しいな、おはよう」

 教室の外で岸谷くんがいつもと同じように笑って言う。変わったところなんてどこにもない。いつもの岸谷くんだ。

「――は」
「ん?」
「袴田くんのこと、岸谷くんは覚えてる……?」

 苦し紛れに、声を絞り出すようにして出した問いかけに、岸谷くんは眉をひそめて言った。

「ハカマダ? 誰だそいつ?」