ようやく「吉川」と札が掲げられた病室を見つけ、軽くノックをする。中から「はい、どうぞ」と女性の声が聞こえた。そっと開けて入ると、窓に近いベッドの上で吉川さんが眠っていた。窓から差しこまれた夕日に照らされてよりきれいに見えた横顔。あの日から彼女は何も変わっていなかった。
 カーテンを引き始めた、疲れ切った顔をしている女性は私をみて首を傾げた。

「えっと……どちらさまかしら?」
「突然すみません。北峰高校の井浦といいます。クラスは違うんですけど、よし……明穂さんと仲良くさせてもらっていまして……」
「ああ、そうだったの。わざわざありがとう。明穂の母です。こちらへどうぞ」
「お見舞い、遅くなってしまってすみません。これ、よかったら……」
「いいのよ。受験生だし、文化祭も近いから大変でしょう? 今までもクラスの子がお見舞いに来てくれていたんだけど、やっぱりこの時期は忙しいわね」

 素敵なお花ね、と買ってきた花束を見て微笑んだのをみて、少しだけ安堵する。疲れ切った顔つきに少し申し訳なさを感じた。つきっきりで彼女を看ているのだろう。

「明穂さんの容体はいかがですか?」
「怪我は治ったから後は目を覚ますだけ……なんだけど、もう一年くらい経つのよね。お医者様も原因がわからないみたい。いつ起きるのかも分からないの」
「そう、ですか」
「私はね、明穂が目を覚まさないのは、起きるのが怖いからだと思うの。あんな目に遭ったんだもの、トラウマになって当然よ」
「…………」
「ねぇ、明穂は学校でどんな感じだったのかしら? 他のお友達から聞いても、優しくて明るい子としか聞けなくて。あなたはクラスが別でも仲良くしてくれていたんでしょう?」
「……えっと」

 目の下に隈を作りながら、嬉しそうに娘のことを話すこの人に、なんて答えたらいいか迷った。
 袴田くんの手元に吉川さんの魂がある以上、彼女が目を覚ます事はない。だから、本人がいる前で暴露してしまおうかと思った。
 「彼女のせいで私は死にかけた」と言えばきっと絶望する。恨み言の一つくらい言えば、少しくらい私の気が晴れるかもしれない。とはいえ、傷つく人が増えるのは得策じゃない。今は眠っていても、子供は必ずどこかで両親に信じてほしいと願うものだと思うから。

「……周りをよく見ている、優しい人だと思います」