病院に着くと、受付で一般病棟の個室にいると案内されて向かう。
 夕方だからか、待合室には入院している人のお見舞いで訪れた人たちが多く座っていた。中には小さな子供もいたけど、渡されたジュースを飲んで、大人の顔色を伺っているように見える。待合室を抜けて廊下に出ると、前からやってくる人物を視界に捉えた。
 その人が近付いて来るにつれ、私は思わず立ち止まった。だんだんと心拍数が上がっていく。

「な……んで?」

 震えた唇が、蚊が鳴くくらい小さくて、かすれた声が思わず出る。途端にフラッシュバックして、脳内にあの光景が浮かんだ。中学の頃、誰もが見て見ぬふりをした教室で一人、ニヤリと口元を歪め、見下した彼の笑みが、笑い声が頭の中で再生する。

 ――「おー来た来た。置物、お前の特等席を作っておいたぞ」
 ――「わりぃわりぃ。でもセンセーも置物だって信じてるし、大丈夫っしょ」
 
 ああ、こんな時になんで思い出しちゃうんだろう。

 目の前からやってくる男性の顔が見えて、忘れたい光景と重なった。短髪の黒髪に三白眼――私が中学を転校するきっかけとなった張本人、田中くんだった。
 幸い私には見向きもせず素通りしていく。通り過ぎる時に陰口を呟かれることもなく、底の擦れたスニーカーの音だけが廊下に響いた。
 靴音が小さくなるにつれ、私はそっと後ろを振り向いた。彼が振り返ることもなく、曲がり角を過ぎて姿が見えなくなると、ようやく身体の緊張が解かれ、大きく息を吐いた。中学以来とはいえ、あの頃の面影が重なると本人だと思い知らされる。思い出したくない人物の一人だからこそ、あまりにも唐突な再会に顔を背けようとしても動けなかった。
 彼が来た方向には個室が並ぶ病室がある。夕方に病室を抜け出すようなことはないはずから、誰かのお見舞いにでもきたのだろう。
 なるべく深く考えることはせず、吉川さんの病室を探した。