「だが、吉川が袴田に好意を持っていたのは間違いない。本人も言ってたし、そのために井浦を消そうとしていたのも事実だ」
「……吉川さん、あの時嬉しそうだった」

 一年前の屋上で、袴田くんが告げた忠告は完全に脅しだった。にも関わらず、吉川さんは恍惚な笑みを浮かべ、彼が消えた後もその場所を見つめていた。それを見て正直ひいてしまったのは、きっと私だけではない。
 もしかしたら彼女はあの時、好きな人と共に生きていけると錯覚したのではないか。勘違いも甚だしいが、そう思い込まなければ、逃げ場のないあの状況を乗り切れなかったのかもしれない。

「俺も見てぞっとした。そうじゃなかったとしても、『最強の不良の女』の肩書を持っていれば、周りからスペック高く見られるだろうし、憧れがあったのかもな」
「……そうだとしても、死んでも欲しい立ち位置じゃないよ」

 もし彼女にかける言葉があるとすれば、私は迷わず「相手が悪かった」と宥めるだろう。なんせ女の子より肉まんの安否を確認する奴だ。付き合って損するに決まっている。

「だからと言って、袴田の心残りが吉川を道連れにするってのはおかしい話だよな。普通、嫌いな奴を隣に連れて歩くか?」
「……それか、復讐を望んでいる袴田くんの気が変わった、とかは?」
「さっき女子よりも肉まんを優先する奴ってお前も言ってたくせにそれはないだろ。嫌いなモンは嫌いなタイプだろうし」
「でも挽回の余地は与えるよね。屋上で袴田くんが最後の忠告をした一週間後に、コンビニの立てこもり事件が起きてるんだから」

 執行猶予とでもいうべきその一週間で、何を企んでいたのかはわからない。彼女が改心を試みた手前、袴田くんが先に痺れを切らしたのかもしれないし、一週間後に何もしなければまた彼に会えるのではと黙っていたかもしれない。あの時ばかりは異常だった彼女の思考に、私も岸谷くんも寄り添うことができない。
 ……そういえば、あの場で唯一冷静だった人がいたっけ。

「岸谷くんはあまり動揺してなかったね」
「……顔に出てなかっただけだろ」
「嘘だね。岸谷くんは顔に出やすいよ」

 袴田くんが屋上から去ったあと、彼は何事も無かったかのように、戻ってきた先生に事情を事細かに説明していた。恐ろしくて動けなかった私の代わりに、吉川さんがしたことを説明する一方で、袴田くんの存在を隠し通してくれた。

「袴田くんの脅しを聞き慣れていたから? それとも――怖かった?」