「危ねぇ……俺も忘れかけてた」
「……何言ってるの? ふざけてる?」
「袴田のことでふざけられるか。なんでお前だけ忘れてないんだよ?」
「そんなこと言われても、何がなんだか……朝から違和感があったんだけど……」
「……ちょっと待ってろ。おーい、安藤!」

 岸谷くんがそう言って、通りがかった安藤くんに声をかける。鞄を持っているから、これから帰るところだろうか。安藤くんがこちらにやってくると、私が視界に入ったのか、小さく舌打ちをした。

「なんでコイツがいるんだよ……」
「井浦が居ちゃ悪いのか?」
「気に食わねぇ」

 ろくに話したことがないのに?

「で、何の用だ?」
「ああ、袴田って覚えているか?」
「……ハマダ? 誰だ?」

 そう言って首を傾げる。安藤くんはクラスメイトよりも袴田くんの近くにいたはずだ。そんな彼でさえ忘れているなんて。
 岸谷くんは動揺しながらさらに尋ねる。

「ハマダじゃなくて、袴田! 俺たちを引っ張ってくれた不良の! 金髪に、黒の二連ピアス!」
「……ああ、思い出した! 袴田な、すっげぇ喧嘩の強くて変な笑い方をする奴」
「よかった……なんで忘れてんだよ?」
「さぁ……? アイツには恩があるけど、出会った当初から気に食わなかったし、もういないからって忘れていたのかもな。……でも、おかしいんだよな」
「なにが?」

 困った顔の安藤くんの視線が私に向けられる。舌打ちするほど気に食わないと言ったくせに。

「井浦が気に食わない理由が、ついさっきまで思い出せなかった」
「は……? なんとなくとか、そういう曖昧なものじゃなくて?」
「だったら相手にしないだろ。だからなんでだろうと思ってたけど、岸谷の所為で分かった」
「俺の所為!?」
「言うこともやることも想定外すぎて、袴田そっくりだからだ」
「…………え?」
「他に用がなければいいか? バイトに遅れる」
「あ、ああ。ありがとうな」

 スマホに表示された時間を見ながら、安藤くんは慌てた様子で立ち去った。
 私の行動が袴田くんそっくりというのは正直心外だが、やはり彼も忘れていて、名前を出しただけで思い出していた。全員が完全に忘れているわけではないようだ。

「……いや、そういうわけでもなさそうだぞ」
「え?」

 そう言って岸谷くんが自分のスマホを見せる。画面には先日おんど食堂で会った近江先輩とのやりとりが表示されていた。彼から「袴田のことを知っていますか?」といつになく丁寧な文面で送ると、即レスで返答がきた。

【ふざけてんの? 俺がいくら自由人だからって玲仁のことは忘れねぇよ。】

 どことなく怒りが込められているような文面に、微かに岸谷くんの手が震えている。卒業後も付き合いがあるくらいなのだから、先輩がどういった感情で送ってきたのかが分かるのだろう。

「やべぇ、マジなやつだ……次会ったときに怒られる……!」
「なんか、ごめん……」
「いや、今はどうでもいい。それよりもどういうことだ? 俺と安藤、クラスメイトの大半の奴等は忘れかけていて、お前と近江先輩は覚えていた。……嫌な予感がする。袴田と最後に会ったのはいつだ?」