電車が来るまでの数分間、久々に袴田くんと話をしているのが不思議な気分だった。学校で話しているのと同じテンポで、いつも通りの受け答えをしているはずのに調子が狂う。ここが駅のホームだからなのか、もうすぐ電車が来るから焦っているからなのか。近江先輩の話から入ったせいか、心なしか嬉しそうに話してくれる。
 それを見るたびに、やはり彼との時間は嫌いじゃないと思う。厄介事に巻き込まれることもあるけど、何気ない会話だけでも楽でいられる。
 すると、袴田くんは左耳に付けている黒の二連ピアスに触れた。

『このピアス、先輩がくれたんだ。あんなに穴空けてんのに、今じゃ一個もつけてないだろ?』
「あ……確かに、てっきり食堂だったからだと思ってたけど……」
『後輩に自分のピアスをあげていたら手持ちが無くなったって、最後に会ったときに言ってた。もう穴も塞がってるんだろうな』

 くはは、と特徴的な笑いをすると、自慢げに耳につけたピアスを私に見せびらかしてくる。
 誰の目にも入るようにと染めた金髪、先輩がくれた黒の二連ピアス。この二つさえ揃えば、誰だって袴田玲仁だと想像するほど、彼の存在は、亡くなった今でも大きい。

「ねぇ、どうして金髪にしたの?」

 明るくしたいだけであれば、茶色でも赤でも、はたまた銀髪でも良かったはずだ。その中でも特に目立つ金髪にしたのかが気になっていた。根元が黒いところもあまり見かけなかったところからして、日頃からかなり丁寧なケアをしていたはずだ。

『別に、美容師のにーちゃんが出してきたカラー表で一番目立ってたのが金髪だっただけ。でもまぁ……しいて言えば、近所のおっちゃん達がすぐ俺だって気づくようにしたかったってところだな。住んでた土地柄、よく手伝いに呼ばれたんだ。意外か?』
「全く」
『だよな。全然動じてねぇもん。どうせ近江先輩がベラベラ喋ったんだろ。中学の時のこととか』

 袴田くんはそう言って私から目線を逸らした。そろそろ電車が入ってくると、駅構内のアナウンスが流れ、ヘッドライトが線路をちらつかせた。

『俺さ、北峰の生徒で良かったよ。喧嘩ばかりしてたけど、クラス思いの担任とクラスメイト。自由すぎる先輩と喧嘩しかできない奴ら。無意味に殴ってたあの頃よりずっと居心地が良かった。学校だけが俺の居場所だった。……それに、井浦とまた会えた』
「え?」
『上手くいかなかったのが癪だが、最初からこうすれば良かった』
「それってどういう――」
『あーあ。お前にもっと時間あげたかったんだけど、ちょっと限界だわ』

 私の言葉を遮って袴田くんは空に手をかざす。途端に手が透けて、向こう側が見えてしまう。
 それを見てハッとした。なぜ私はずっと、この先も彼が隣にいるのだと錯覚していたんだろう。
 幽霊とは言い難く、異質な存在でいる袴田くん自身に変化が起きないわけがないのに!

「袴田く――」
『俺が死んだのは文化祭が終わった後だったけど、今年は文化祭の初日なんだよな』

 ニヤリと笑みを浮かべた袴田くんは、横目で私を見て言う。

『あと一週間。それまでに俺を止めないと死ぬぞ』

 袴田くんの姿をかき消すように、ホームに入ってきた先頭車両が前を颯爽と通り過ぎる。わずか数秒で見せた彼の笑みは悲しそうで、時間がないことを物語っていた。

 第四章 君の面影      〈了〉