駅に着いて、近江先輩とは改札口で別れた。ホームに行けば、帰宅するサラリーマンたちが電車を待っている。来る途中に見かけた電子掲示板には次の電車は五分もしないうちにくるらしい。
 乗車口の前に立って待っている間、スマホを確認すると一時間前に母から『お父さんが迎えに行ってくれるって。連絡してあげて』とメッセージが届いていた。了解と吹き出しが入ったスタンプで返信するとすぐに既読がついた。いつ返信がくるか待ち構えていたらしい。
 中学の件以来、両親は私に過保護になった。転校した後も、大雨に打たれながら帰宅した際、ふやけた教科書が鞄からでてきたのを見て「新天地でも酷いことをされたのではないか」と過剰に反応してしまったのだ。高校生になって門限こそ無くなったが、学校での出来事は事細かに聞いてくることがある。そのせいか、ありがたいことに親との関係は良好だ。

『ふーん。井浦ってスタンプとか使うんだ?』

 聞き慣れた声が耳元で聞こえた。顔を向けると、さも当然のように袴田くんが私のスマホを覗き込むようにして立っていた。

『よう、井浦。こんなに遅いの珍しいな』
「……なんで」
『散歩? ほら、夜の方が活発に動けるからさ』

 幽霊の特権だろ? とニヤリと口元を緩めた。やはり周りの人には彼の姿は見えていないらしい。

「夏祭りが終わった後、どこ行ってたの?」
『どこって……学校にはいたぞ。いろんなクラス見て回ってた。あんなこと言った手前、普通に教室にいたらお前が困るだろ』
「そうだけど……」
『そうだけどって、動揺しすぎじゃね?』

 動揺するに決まってる。ついさっきまで私は近江先輩と山中くんと会っていたのだ。このタイミングで、学校の外で袴田くんと会うなんて思ってもいなかった。

『それで、どこまで聞いたわけ?』

 小さな笑みを浮かべて私に問う。最初から全部知っていて様子を伺っていたのかもしれない。

「悪趣味」
『勘違いすんなよ。お前が岸谷と話してるのを聞いただけだ。放課後にお前がどこに行ってたかは知らねぇ。その様子だと、俺の過去のこと調べて終わったんだろ?』
「やっぱり尾行してたんでしょ?」
『図星かよ。時間かかりそうだな』
「……近江先輩、いい人だね」
『自由人だっただろ。高校卒業してから二回会ったきりだけど、前よりかは落ち着いた気がする。おんど食堂には行ったか?』
「うん。岸谷くんから食事券もらって食べてきた。美味しかったし、雰囲気も温かいお店だね」
『俺もよく行ってたなー。先輩の顔パスで食事券なしで定食食わせてもらってたっけ。岸谷からもらったってことは、野菜炒め定食だな。アイツいつもそればっかり頼むから、もう固定なんだよ』
「自分の家で出した野菜を、食堂でも食べてるってこと?」
『そういうこった。先輩の顔パスが使えるようになったら、肉団子定食頼んでみろよ。めっちゃ美味いから』
「肉団子……なんか珍しいね。でも食事券は使っちゃったし……」
『先輩ならまたくれるって。あー久々に食いてぇ』