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「……だから、岸谷くんのことも止めたかったんだと思う」

 当の本人は給水タンクの上で寝ているからわからないけど、少なくとも私はそう感じた。助けたいと思ったときに拳を振るう人――それが私が感じた彼の第一印象だからだ。
 それに彼は岸谷くんがサッカー部でエースだったことを知っていた。彼が努力している姿をどこかで見ていたのかもしれない。

「袴田がそんなに良い奴とは思わねぇけど……まあ、お前らに救われたのは事実だ」

 岸谷くんはそう言って立ち上がると、見下ろすようにして私に言った。

「サボるのはいいが、ちゃんと戻れよ? それじゃあな」
「うん。またね」

 校舎に戻っていく岸谷くんの後ろ姿を見送りながら、私は吉川さんから聞いた話を思い出した。
 殴り掛かったのは悪いけど、彼がストーカーみたいなことするような人には見えない。

「うーん……何か引っかかる……」
『……そんなに唸ってると牛になるぞ』
「うわっ!?」

 耳元でガサガサの低い声が聞こえてきて驚いた私は、勢いあまってコンクリートの床に倒れ込んだ。
 余計な尻餅をついてしまったようで、痛めたところを擦っていると、寝起きの袴田くんが大きく伸びをして隣に立った。幽霊(仮)でも寝起きの声は枯れるらしい。 

「ビックリした……急に出てこないでよ」
『うっせ。驚きすぎなんだよ。それより……』

 言葉を切って、袴田くんはじっと校舎の方を見つめる。先には岸谷くんが出て行った扉がある。

「どうしたの?」
『……いや、なんでもねぇ』

 袴田くんは呟くと、しばらくその扉を見つめていた。
 彼が何を考えていたのかはわからない。ただ、普段の気怠い雰囲気や喧嘩の時に見せる鋭い目つきではなく、どこか嬉しそうな笑みを浮かべていた。