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「――今思えば、吉川って子が玲仁に付きまとうようになったのは、それがきっかけだな。なんか役に立ちそう?」
「……整理するのでちょっと待ってください」

 どうしよう、肉まん事件の印象が強すぎて何も入ってこない。
 確かに正論を述べた袴田くんらしい行動かもしれないけど、アプローチしてくる女子に対して「お前誰?」はダメだと思う。私はともかく、女の子は傷つく。いや、本当に知らなかったとしても、別の言い方があったはずだ。秘策と言いながら船瀬くんを強引に引き合わせた時と同様に、無自覚で勝手すぎるのは、今に始まったことではないらしい。

「でも驚きました。袴田くんのこと、何でも知ってるんですね」

 てっきり高校入学した頃から話してくれると思っていたのに、まさか小学生の話から聞けるとは予想外だった。しかし、岸谷くんから事前に聞いていた話だと、近江先輩は袴田くんとは違う小中学校に通っていたし、家も離れているはずだ。
 私が腑に落ちない顔をしているのを見て、近江先輩は「あー……実はね」と苦い笑みを浮かべた。

「袴田が手伝ってた新聞配達のおっちゃんと俺は親戚なんだ。小学校までは手伝ってたけど、俺が引っ越して遠くなったからそれっきりになっちゃって。中学であったことを知っているのは、アイツが道中で助けた奴と俺が従兄弟同士だから」

「……はぇ?」

 混乱して変な声が出た。新聞配達のおじさんと親戚で、助けた男子生徒が従兄弟? 
 ……ダメだ、わからない。偶然がこんなに重なることがあるだろうか。

「袴田くんはそれを知ってたんですか?」
「いいや、知らないんじゃない? 別に言うほどのことじゃないし。……あ、その顔は絶対嘘だって思ってるだろ?」
「思ってます」
「ハッキリ言うねぇ、井浦チャン。でも残念、これは本当の話。さすがの俺でもふざけないよ」

 近江先輩はまた一口、お茶を飲んで話を区切る。

「ところで、何か気になったことはない? ちなみにアイツが警察官のおっちゃんに奢って貰ったのは特上肉まんだったぜ」

 肉まんの話はもういい。

「……袴田くんの中学時代、でしょうか」

 彼が助けられなかった女子生徒――いじめを受けながらも、袴田くんの無実を証明した彼女が、彼と喧嘩を繋げた人物と言っても過言ではない。「彼女の安否が気になって成仏できなかった」は仮説として成り立たないこともないだろう。過保護というか、心配性というか。まともに会話をしたことがないのに「助けられなかった」と後悔するほどなのだから、特別な感情でも持ち合わせていたのかもしれない。
 すると、近江先輩はもう一つ湯呑を用意しながら言う。

「だと思ってさ、とっておきの奴を呼んでおいたよ。おーい、タイセー!」

 食堂の方に向かって声を掛けると、おばさんと談笑していた、同い年くらいの男の子を呼んだ。ここら辺では見かけない制服を着た、タイセーと呼ばれた彼を見て、私は愕然とした。