「どけえええ!」
焦った声が聴こえたと同時に、後ろから南雲の不良が袴田に激突する。その衝撃で、まだ一口も食べていない肉まんが宙を舞った。手を伸ばしても届かず、肉まんは形を保ったまま地面に落ちていく。まだ袋に入っているから食べられるかもしれない。――そんな希望も虚しく、車道に飛び出したと同時に、軽トラックが目の前を横切った。
ぐしゃり。
白い皮が破け、中から餡が飛び散って名残惜しく湯気が立った。それが口の中だったらどれほどよかっただろう。
「袴田!」
「突っ立ってんじゃねぇよ、ク――」
罵倒を遮って振り向くと同時に、袴田は不良の胸倉を掴み、地面に叩きつけた。後ろに倒れる形になった不良は咳き込みながら顔を上げると、袴田だと分かった途端、顔を真っ青にした。
「き、北峰の……!? なんでこんなところに……」
「……てめぇ、自分が何をしたかわかってんの?」
「は、袴田? 落ち着け……?」
「不良だか他校の上級生だか関係ねぇ。食べ物を粗末にするのはろくでもねぇ奴の証拠だ!」
岸谷が制する声に耳を貸すことなく、怯えている南雲の不良に詰め寄った。ただ、ぶつかったことではなく、肉まんを落としたことに怒りを露わにしていることに、不良は感情が追いつかない。
「人に釘を刺したくせにお前がやるのかよ!?」
「うっせぇ。岸谷、お前は『食い物の恨みは怖い』って習わなかったか? 出来立てだったのに一口も食されることなく地面に落ちて、泥だらけのトラックに踏み潰されちまった肉まんの気持ちを考えたら、これを怒らずしてどうしろってんだ。せめて同じように踏み潰すか、弁償させねぇと気が済まねぇ」
「ヒィィッ! すんません!」
「あっははっ! 玲仁が喧嘩以外でガチギレすんの初めて見た!」
「落ち着けって袴田! 先輩、笑ってないで手伝ってくださいよ!」
それからすぐに警察官が到着して、岸谷と二人がかりで袴田を抑え込まれ、残念ながら踏み潰すことは敵わなかった。しかし、「たかが肉まん一つでこれほど怒る高校生がいたとは」と警察官を関心させ、内緒で新しい肉まんを奢って貰い、袴田の機嫌は元通りになったらしい。
*
肉まん事件の翌日、袴田のクラスに絡まれていた女子生徒――吉川明穂がやってきた。セミロングの黒髪を耳にかけ、頬を赤らめて視線をそらしながらもお礼を言いに来たという。
「袴田くん、昨日は助けてくれてありがとう」
「……は? 何の話?」
「何って、私を助けてくれたじゃない。南雲の人に『ろくでもない奴だ』って怒ってくれたの、かっこよかったわ」
「……ああ、アレか」
(確かに“食べ物を粗末にするのは”ろくでもねぇ奴、とは言ったけど)
それは吉川を擁護するために言った言葉でないことは確かだが、どうやらそう受け止めてしまったらしい。
「あなたが助けてくれなかったらどうなっていたことか……だから、お礼がしたいの。今日の放課後って空いてるかな?」
「俺は通りがかっただけで、お前と助けたのは別の奴。俺じゃない」
「えっと……どうだったかしら?」
「は? 突き飛ばされた時に背中を支えてもらっていただろ。お前は助けてもらった奴の顔をそんな簡単に忘れるのか?」
袴田がそう言うと、吉川はだんだんと顔を引きつらせていった。教室の入口という、人目の多い場所でのそれはある意味、公開処刑だった。
「ところで……お前誰だっけ?」
その一言で吉川の笑みが固まる。周りにそれを聞いていた人がいなかったこともあって、後ろ指を刺されなかったことが唯一の救いだったか、吉川は何も言わずにそのまま立ち去った。
焦った声が聴こえたと同時に、後ろから南雲の不良が袴田に激突する。その衝撃で、まだ一口も食べていない肉まんが宙を舞った。手を伸ばしても届かず、肉まんは形を保ったまま地面に落ちていく。まだ袋に入っているから食べられるかもしれない。――そんな希望も虚しく、車道に飛び出したと同時に、軽トラックが目の前を横切った。
ぐしゃり。
白い皮が破け、中から餡が飛び散って名残惜しく湯気が立った。それが口の中だったらどれほどよかっただろう。
「袴田!」
「突っ立ってんじゃねぇよ、ク――」
罵倒を遮って振り向くと同時に、袴田は不良の胸倉を掴み、地面に叩きつけた。後ろに倒れる形になった不良は咳き込みながら顔を上げると、袴田だと分かった途端、顔を真っ青にした。
「き、北峰の……!? なんでこんなところに……」
「……てめぇ、自分が何をしたかわかってんの?」
「は、袴田? 落ち着け……?」
「不良だか他校の上級生だか関係ねぇ。食べ物を粗末にするのはろくでもねぇ奴の証拠だ!」
岸谷が制する声に耳を貸すことなく、怯えている南雲の不良に詰め寄った。ただ、ぶつかったことではなく、肉まんを落としたことに怒りを露わにしていることに、不良は感情が追いつかない。
「人に釘を刺したくせにお前がやるのかよ!?」
「うっせぇ。岸谷、お前は『食い物の恨みは怖い』って習わなかったか? 出来立てだったのに一口も食されることなく地面に落ちて、泥だらけのトラックに踏み潰されちまった肉まんの気持ちを考えたら、これを怒らずしてどうしろってんだ。せめて同じように踏み潰すか、弁償させねぇと気が済まねぇ」
「ヒィィッ! すんません!」
「あっははっ! 玲仁が喧嘩以外でガチギレすんの初めて見た!」
「落ち着けって袴田! 先輩、笑ってないで手伝ってくださいよ!」
それからすぐに警察官が到着して、岸谷と二人がかりで袴田を抑え込まれ、残念ながら踏み潰すことは敵わなかった。しかし、「たかが肉まん一つでこれほど怒る高校生がいたとは」と警察官を関心させ、内緒で新しい肉まんを奢って貰い、袴田の機嫌は元通りになったらしい。
*
肉まん事件の翌日、袴田のクラスに絡まれていた女子生徒――吉川明穂がやってきた。セミロングの黒髪を耳にかけ、頬を赤らめて視線をそらしながらもお礼を言いに来たという。
「袴田くん、昨日は助けてくれてありがとう」
「……は? 何の話?」
「何って、私を助けてくれたじゃない。南雲の人に『ろくでもない奴だ』って怒ってくれたの、かっこよかったわ」
「……ああ、アレか」
(確かに“食べ物を粗末にするのは”ろくでもねぇ奴、とは言ったけど)
それは吉川を擁護するために言った言葉でないことは確かだが、どうやらそう受け止めてしまったらしい。
「あなたが助けてくれなかったらどうなっていたことか……だから、お礼がしたいの。今日の放課後って空いてるかな?」
「俺は通りがかっただけで、お前と助けたのは別の奴。俺じゃない」
「えっと……どうだったかしら?」
「は? 突き飛ばされた時に背中を支えてもらっていただろ。お前は助けてもらった奴の顔をそんな簡単に忘れるのか?」
袴田がそう言うと、吉川はだんだんと顔を引きつらせていった。教室の入口という、人目の多い場所でのそれはある意味、公開処刑だった。
「ところで……お前誰だっけ?」
その一言で吉川の笑みが固まる。周りにそれを聞いていた人がいなかったこともあって、後ろ指を刺されなかったことが唯一の救いだったか、吉川は何も言わずにそのまま立ち去った。