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 波乱な中学三年間を過ごした袴田は、北峰高校に進学した。相変わらず金髪は目立っていて、中学での喧嘩で圧勝していた噂もあったことから、上級生に目を付けられるのは時間の問題だった。
 近江遼太郎と出会ったのは、袴田が他校の生徒に絡まれてひと波乱あった後のことだ。
 喧嘩の最中、拳を握るたびに辛そうな表情を浮かべる袴田に気づいた近江が、自分から話しかけたという。最初は警戒されたが、近江のざっくばらんな言動に呆れ、仕方なく口を開いた。くだらない話を続けて心を開いていくと、袴田は自分から話した。

「中学の頃、俺のことを助けてくれた奴がいたんだ。それなのに俺はアイツがどんな状況にいたかも知っていたうえで見て見ぬふりをした。……暴力だけで解決することしかできない俺は、関わらない方がいい。ここなら悪目立ちしても何も言われないと思って、北峰に来た」

 空を仰ぐ袴田を見て、近江は彼の背中を思い切り叩いた。バシン、と辺り一帯に響いたその音とともに、袴田は前に倒れそうになる。

「いっ!? ちょ、いきなり何を――」
「お前さー……めっちゃいい奴じゃん!?」
「……は?」
「さっきお前が絡まれた奴らさ、歴代の先輩たちの置き土産なんだよ。何十年も前からずっと続いてる、ちょーくだらねぇ因縁でさぁ。関係のない在校生たちが巻き込まれてんの」
「……それが?」
「随分他人事だな。お前がこれから三年間も通う学校だぞ? 平穏に楽しい毎日を過ごしたいじゃねぇか! ……ってことでさ、俺達の仲間にならない? お前がいてくれたら、巻き込まれた奴も救える気がするんだ!」

 巻き込まれた奴を救う――それがどれほど難しいことか、袴田には考えなくても分かった。

「自分の為だけに拳を振るう俺が、他人を救える人間になれるわけがねぇよ。俺には無――」
「無理だって決めつけて止まっちまうのか?」

 断ろうとする袴田を遮って、近江は不敵の笑みを浮かべた。

「生まれたときから人を救う事に疑問を持たない、正義感の塊みたいなヒーローが現実にいる訳がない。一度は大きな存在に憧れ、大切な何かを失った経験を得てなお、救う選択をする奴がヒーローだ。昔のお前が誰かを救えなかったことを悔いているのなら、今度こそお前が救えばいい」

 近江のその言葉をきっかけに、袴田は不良の仲間入りを決めた。
 初めての夏祭りも文化祭も、因縁の相手である南雲第一との喧嘩三昧。授業もまともに出ていなくて先生にお目玉を食らい、懲りずにまた抜け出すこともよくあった。
 そんな日々を過ごしていく中で、袴田はくだらない理由の喧嘩を買わないようになっていった。近江の意向でもあったし、彼自身が殴りたいだけの人間にはなりたくなかったからだ。
 「売られた喧嘩は理由があれば買う。暴力だけで解決できるなら手っ取り早いが、他にも方法があるはずだから」と、倒れた不良を上に座っていう袴田を見て「お前が言うな!」と総ツッコミされたのは、今でも笑い話だという。